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1999年4の月
硬く尖った先端がじんじんと痛むばかりで、膨らむ兆しがない乳房。いくら牛乳をおかわりすれども、なかなか増えない身長体重。枝木のような両腕で、ぺたんこの自分を抱きしめる。
なんでやねん、なんでやねん、なんでやねん、なんでやねん、なんでやねん。腹の底でうねり始めた鈍い痛みは勢いを増し、早くも己の大部分を支配する。
その場にしゃがみ込んだ弥生は、開かずの扉に向かって呪いをかける。毎朝、姉がトイレに立てこもる前にどうにかして用を足したいところだが、いつだって腹具合は気まぐれだ。痛みで痛みを紛らわそうと、身体のあちこちを抓ってみるが、少しの気休めにもならない。惨めさ、悔しさ、やり場のない憤りが、鋭い刃物になって腹の底から突き上げる。
どうして自分ばかりが、こんな目に合わなければいけないのか。心の中で嘆いた途端、思いがけず涙腺が緩む。あかん、あかん、泣いたらあかん。思えば思うほどに泣きたくなる。唇を噛む。強く、強く。
涙腺のねじは、一度ゆるめてしまえば最後。意思とは裏腹に、後から後から生産される液体を、止める術を弥生は知らない。ここで泣くわけにはいかない。担任やクラスメイトに、腫れあがった瞼の理由を問われても答えることはできないのだから。我が家の事情を、誰が理解できるだろう。誰にも知られてはいけない。知られたくない。だから泣かない。泣いてはいけない、なにがなんでも。
固く目を閉じて、弥生は祈る。このどうしようもない日々の繰り返しが、一刻も早く終わりますように。1999年の7の月、空から恐怖の大王が降りてきて、何もかも、きれいさっぱり消えてなくなりますように。あの予言通りに。
質素な洗面台脇の壁面にかけられた時計が、冷酷な態度で針を進める。決断の時が迫っている。わずかな望みを捨て、例のごとく学校のトイレを目指すべきか。弥生の通う小学校は、自宅のベランダから見えるほどの近さにあるが、どう見繕ってもそろそろ限界だ。
跳ねるように立ち上がった弥生は、玄関に放り出されたままのランドセルを乱暴に掴むと、勢いよく外へ飛び出した。
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