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「いや! そうやない! オレは結構本気でヨコちゃん先輩のこと──あっ!」
俺のキャラクターの投げ技が、ともやんのキャラクターに炸裂する。
「何しよんねやこいつ!」
ともやんの本体が画面に向かって叫んだ。
滅多に決まらない大技だ。掴まれてすぐコマンド入力すれば抜け出せたのに、話に気を取られていたらしい。
勝敗が決まり、ともやんはコントローラーを握りしめたまま、悔しそうに前のめりに倒れる。そばにあった発泡酒の缶も倒れたが、もう空だった。
「くっそー! 今の抜けれたのに……!」
「動揺したなぁ」
俺はわざと腹が立つように勝ち誇った声で言い、ともやんがいつ顔を上げてもいいよう表情まで作って、自分の缶をあおった。
「ヨコちゃん先輩……オレ、勝てませんでした……」
ともやんが泣きそうな声で言ったので、俺は笑って吹いた。反則だ。口や鼻から酒をまき散らしてしまって、部屋着や布団にかかった。
「ちょお、お前っ! その言い方アカンやろ!」
炭酸が気管に入り、気道に刺さって、むせながら言った。
顔を上げたともやんも笑っていた。
ともやんの反則技『ヨコちゃん先輩』とは、同じ中学にいた一学年上の女の先輩だ。洋子という名前で、美人で、明るくて、気さくな人だった。
ともやんはそのヨコちゃん先輩に本気で憧れていたらしかったので、俺は告白するよう背中を押した。
と言うのも、ともやんという男は、いざと言う時に思い切りがよくなかったからだ。アクションゲームでも、シューティングゲームでも、散々タイミングを測った挙げ句、今だと言う所を逃して失敗してしまう。代わりにやってやるのは、ずっと俺の役目だった。
その甲斐あって、ともやんは先輩の卒業式の後に告白する決心をした。一旦、腹を括ってしまえば、どんな難しいステージでもやり切る男でもあったのだ。
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