卒業パーティーの夜に

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「こ、こんな所で人目に触れずに暮らすなど、無理に決まっています! 大体、私が居なくなれば貴方は別の女性を娶らなきゃならないでしょ!?」 「だから心配するな。俺が君以外を娶る事などあり得ん」 「そうじゃなくてっ・・! 貴方は国の王太子なんですよ! いい加減目を覚ましてください!」  苦言をぶつけ、私は彼の手から逃れようとジタバタと暴れた。しかし凄い力で両の手首を抑えられ、ベッドへと張り付けにされてしまう。その私の首筋に、殿下の顔が埋められると、彼の柔らかい唇の感触が這う。 「やっ・・まだ婚姻前ですっ・・」  しかしその言葉を無視して、殿下の唇は徐々に私の胸元へと降りてきた。そして彼の左手が、蛇の様な手つきで私の身体へと這わせられる。一方的に行われるその行為に、私は恐怖しか感じる事が出来なかった。 「・・・・嫌っ・・!」  限界だった。渾身の力で覆い被さる彼の身体を押し除け、全身で拒絶した。しかしユリウス殿下の反応は・・ 「・・やはりそれがお前の本心だろう・・」  その時の────憎悪と悲哀に歪んだ黒い瞳。  あの時と一緒だった。血溜まりに沈み薄れゆく意識の中で、最後に見たあの時の記憶。身体の震えが、止まらない────・・  蒼白して身体は石の様に硬直する。あまりの恐怖で、見上げた黒曜石から視線を外せなくなってしまった私の頬を、ユリウス殿下はその白い指でそっと撫でた。 「先日の茶会の際から、随分と美しく着飾るものだ」  殿下は震える私の方へ、顔を近づけた。そして彼の手が、私の首へと巻きつけられると、甘噛みする様に柔らかく締め付けながら、彼は私の耳元でこんな悪意を囁いたのだ。 「誰を誘惑するつもりだった。正直に言え」  ────ショックだった。  ・・そんな風に、思われていたなんて。  あの日の私の気持ちは?  貴方の好みはどんなドレスだろうと、分からないながらも考えた。張り切るのも恥ずかしいけど、でもがっかりもされたくなくて・・そんな自分の心の変化に、戸惑いながらもドキドキして。  届かない。こんなにも今近くにいるのに、そこにはあまりにも遠い隔たりが有った。あの日の私の気持ちは、一体何処へやればいいのだろう。柔く締められた首の痛みは、私の心を冷え切らせるのに充分なものだった。  胸が痛くて・・涙が流れた。 「・・貴方様、です・・」  届くはずも無い言葉を、絶望に冷えた心を、寒空に白い息を吐く様にそっと吐露した。涙が頬を伝って、首に添えた彼の手の上に溢れ落ちた。すると彼の憎悪に歪んだ黒色の瞳が、僅かに揺らめいた様に見えた。突如首の息苦しさが取り払われ、彼は踵を返して私に背を向けて、それきり一度も振り返る事なく、部屋の扉に手をかけた。 「ここから逃げ出そうなどと考えない事だ」  バタンと軋んだ古めかしい音を立てて、扉は再び閉じられた。コツン、コツンと、足音が遠ざかって行くのが、やけに長い間聞こえていた。
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