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心の声を読むチート
私はその日────死んだ。
「あ〜・・そっか・・斬られちゃったかぁ・・」
影一つ見当たらない、見渡す限りの白い空間。光が強すぎると乱反射で何も見えなくなるのだと誰かが言っていたけれど、そういう状態なのかもしれない。その中で脳に直接響く様な妙な感覚で、その声は私に語りかけてきた。白い空間に漂っていた私は身体を起こして周囲を見回すと、そこにその存在は重力の束縛という理を無視して、ぽっかりと浮かんでいた。純白の美しい毛並みと金色の瞳。頭の上には光り輝く黄金のリングが浮かび、背中からは鳥の様な白い翼を生やした、見る者全ての魂を奪ってしまうのではないかと思うほど愛らしい顔をした────猫ちゃん。
「いやぁー。仲良くなるの楽しみにしてたんだけどなぁ・・そっち行っちゃったかぁ。アタシ的にこの次元イチの推しCPだったんだけど・・」
「・・おしかぷって何ですか? 猫ちゃん」
「ん? それはとある別次元の言葉で、恋を応援してる番の事で・・てゆうか、猫ちゃんてやめてくれない? アタシこれでも、愛の神様なんだけど。アンタ達の世界ではシルフィって呼ばれてる」
「・・とりあえずナデナデさせて貰っていいですか」
「アタシの話聞いてた?」
自称女神シルフィ様は文句を言いながらも私の膝の上に乗ってきてくれた。すっごいカワイイ。
「私は死んだと記憶しているのですが」
「相違ない」
「やはり私は・・ユリウス殿下に殺されたのですね」
「まぁね。ズバーっと斬られたよね」
「・・ですよね」
ユリウス殿下────私の暮らしていたマルス王国の王太子で・・私の婚約者であった人。
彼は冷たい美貌を持つ、とても恐ろしい人であった。貴族階級の通う王立学園に通っていた私と殿下。婚約者同士であるものの、ほとんど会話を交わした記憶は無い。国の決めた婚約者である私は貴族令嬢達のやっかみの対象で、彼の周りには多くの取り巻きがいて近づける場所など有りはしなかったし、何より・・殿下自身も私を疎ましく思っていた筈だ。
卒業パーティーで彼に投げつけられた言葉が、それをよく表しているように思う。
その日、彼の取り巻きの一人にドレスを汚されてしまった私。明らかに故意に浴びせられた葡萄酒が白いドレスの上に作った染みは、まるで血の様に見えた。
「お前はもう部屋へ戻っていろ。そのみすぼらしい姿をこれ以上晒すな」
ユリウス殿下は冷たい一瞥と共にそう吐き捨てると、取り巻きと共に去っていった。その時の惨めな想いは、まるで私の学園生活を要約したものと言えるだろう。
いっその事、婚約破棄して別の人を迎えてくれる事を切に願っていたのに。
しかし私はその後、予定通りに殿下の婚約者として王宮へ迎えられた。ユリウス殿下は私が人と会ったと知ると、決まって手をあげた。だから入城して早々に、私は王宮内にある離宮の中で、まるで軟禁されるかの様に一人ひっそりと過ごしていた。寂しい私の心を癒してくれたのは、幼馴染のオーウェンがくれた、一羽のカナリヤだけであった。しかしある日、ユリウス殿下がそのカナリヤを手に掛けようと剣を振り上げたのだ。
彼は一体どれだけ、私の事が憎かったのか。しかしそれは可愛がっていたカナリヤには関係の無い事だ。私は必死で、カナリヤを胸に抱いて抵抗した。そして私は、激怒したユリウス殿下の手に掛かって、命を落とした────。
「想像を絶する嫌われぶりだわ・・」
短かった我が人生を振り返り、そう自嘲する。すると膝の上の猫ちゃん・・もとい、女神シルフィ様はその愛らしいご尊顔で私を見上げる。
「・・そうじゃないんだよなぁ。逆、みたいな? 確かにほぼユリウスのせいだとは思うんだけど、アンタもアンタでなんつーか、もうちょっとこう・・相手を避ける以外の方法は無かったのかなぁ? とかね」
「私は邪魔者でございますから。公爵家筋という他は、取り立てて取り柄もございませんし。疎まれるのも当然の事にございます」
「そういうとこなのよ。そのドライな感じが、ユリウスを傷つけるっていうか・・」
「傷つける? 私が? 殿下をですか?」
純白の毛並をナデナデしながら、私は膝の上の女神様を見下げた。するとシルフィ様は、なんとも微妙な表情を見せた。そしてこんなとんでもない事を言うのだ。
「もう一度、人生やり直してみない?」
え・・。
「嫌です」
またユリウス殿下と関わるのはもう御免です。私が即答すると、シルフィ様はやっぱりと言った顔でため息をついた。
「ただでとは言わない! アンタにユリウスの心を読めるチートを授けてあげるわ!」
「チート・・てなんですか?」
「ずるい特殊能力って事よ! ・・まぁだからと言って上手くいくとは限らないんだけどさ。普通は心の内を知ったら嫌いになるパターンのが多いと思うし」
シルフィ様はモゴモゴと何かを呟きながら、私の膝の上で頭を抱えてゴロゴロ悶え始めた。正直ギュッとしてむちゃくちゃに頬擦りしたいくらいカワイイ。
「・・なんでまた私に?」
「色々と事情があってさぁ・・。あと、随分とたくさん貢物を貰ったからね。それに推しの結末がコレってアタシもモヤモヤするし・・」
「貢物? 誠に失礼ながら私は特別、シルフィ様を信仰していた訳ではございませんが・・」
「アンタじゃないわよ。・・相手の方」
「相手って・・?」
「とにかく! もう一度だけ頑張ってみて!」
シルフィ様のその強引なシメと共に、真っ白な空間が更に光度を増す。あまりの瞬さに眼球が耐えられず目を開けていられなくなり、強く目を結んだ。最後に微かに、シルフィ様の軽い感じの声援が聞こえた気がした。
「ハッピーエンド目指して頑張れ────」
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