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なんという無様な事でしょう。看板を破壊して派手にすっ転んだばかりか鼻からは鼻血が・・。大衆の面前で、しかも殿下の目の前で・・。死にたい。願いが一つ叶うなら今すぐこの場から消えてしまいたい。情け無くて涙が出てきた。
「クローディアっ。お前大丈夫か!?」
愕然としすぎて動けずにいた私のところへオーウェンが駆け寄ってきて、上体を起こし、顔の血と涙を拭い、鼻にハンカチを詰め込んでくれた。
────が。
突然ガシッと、私に触れていたオーウェンの手は、別の手に捕らえられた。そしてそのまま、ギリギリと力が・・
「痛い! 痛いですって殿下!」
堪らずオーウェンが声をあげた。すると唐突に彼の哀れな右手は解放された。そしてユリウス殿下は、それを呆然と見ていた私の横へ膝を折ると、まるで攫う様にその身体を抱え上げた。驚いて見あげたその視線の先には、前を向く黒色の瞳と、あの艶めいた黒髪が映った。
「医務室へ行く」
「あ・・お、俺も着いて行きます!」
二日連続の殿下のお姫様抱っこ。
意外と逞しい腕の感触。伝わってくる体温。見上げればそこには眼前に殿下の美貌が・・
だけど全然喜べない! この鼻にハンカチ押し込んだ、最悪の状況では・・! でもこんな血塗れだし医務室行かなくていいとも言えない!
涙目で震えながら私は搬送された。医務室勤務の医師が不在にしていたので、殿下はベッドの上に私を下ろし、私に面と向かった。
「どこか痛むところは?」
主に心が。
「大丈夫です。強く打ったのは顔だけなので、少し休めば平気と思います」
ので真正面から見つめるのやめて下さい。鼻にハンカチ詰まってるんですよ。着いてきたオーウェンが水で濡らしたタオルをもう一枚差し出してくれた。
「腫れると悪いから冷やしとけよ。しっかしお前、そそっかしいなぁ〜。こんなんで王太子妃とか大丈夫なのかねえ? ねぇユリウス殿下」
傷に塩を塗らないで、今は痛すぎるわオーウェン! しかしユリウス殿下はオーウェンのこのツッコミを無視して、益々予測不能な行動に出るのである。
ユリウス殿下の白い指先が私の首の方へと伸びてきたのを見て、私は息を呑んだ。そして殿下のその手は、制服のジャケットのボタンを外し始めて・・
「で、殿下・・何を」
「血がついてるから洗った方がいいだろ」
え・・。
完全に硬直してしまった私。それに構わず、プチ、プチっと開放感は下の方へと降りて来る。
た、確かに、脱いで洗った方がいいかもしれません。ジャケットの下にはシャツ着ていますし、脱いだって問題ないし。
でも殿下がやるんですか? ボタン外して、脱がすんですか・・? それって・・。
(なんかえっちです、殿下!!)
まずい。脈拍数が上がって鼻血の勢いが増した気がする。何かの拷問ですかコレ。緊張と羞恥でぷるぷると身体を震わせながら耐えていると、ジャケットは無事に私の腕を通過して取り去られた。真っ赤な顔で、はーっと止めていた息を吐くと、そこでオーウェンが一言。
「なんか俺・・邪魔ですか?」
だから煽るなて!!
「そんな訳ないでしょ!」
ちょっと本気で怒鳴ると、オーウェンはビクっと肩を震わせた。ほんとイラっとするわコイツ。
そしてユリウス殿下は、今度は何故か自分のジャケットを脱いだ。そしてそれを私の方に差し出して・・
「冷えるからこれを着てろ」
え・・・・
私は差し出されたジャケットを見た。
ユリウス殿下の。脱ぎたての。体温でほやほやの。
(これを・・着るの・・?)
────無理だわ。
思った瞬間、私は結構強めな口調で、こう口走っていた。
「オーウェンに借りるからいいです!」
ユリウス殿下のあまり温度のない黒い瞳が、私のもとから逸らされたのを見た。
「そうか」
殿下は立ち上がると、私のジャケットを持って医務室を出て行った。おそらくそれを洗うために。その後ろ姿が寂しげに見えたのは、気のせいでは無かったのかもしれない。
「おい、クローディア。あんな言い方しなくてもいいだろ。せっかくお前の身体を気遣ってくれたのに」
「え?」
私はオーウェンのその苦言で、始めて気がついたのだ。私のその言動が相手にとってはどう映っていたのかを。以前はユリウス殿下から疎まれていると思い込んでいた私。しかし知らずのうちに今度は私の方が、そう思われるような行動を取っていた。「心の声を読むチート」があれば、殿下の内心に気づく事ができた筈なのに、その時の私はその能力を失っていたばかりか、シルフィ様に関する記憶の一切を失ってしまっていたわけで────・・
「感じ悪いぞお前。後でちゃんと謝っておけよ」
「・・・・わ、わかったわ・・・・」
そんなつもりじゃ無かったのに。
だけど恥ずかしくて。舞い上がって普通がどんなものだったかも分からなくなって。
(前はこんなのじゃなかったのに・・)
そうだわ。
殿下の事が気になって気になって仕方がない。
私、前よりずっと、ユリウス殿下の事が────・・
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