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お花見の季節です
「クローディア様はお茶会は開かれますの?」
その一言が私に投げかけられたのは、授業の合間の休憩時間の事だった。
この国ではエニシダの花が大層愛されており、様々な色の花をつけるよう改良がされている。この時期、行く先々の庭先では、色とりどりのエニシダの木が満開の花を纏い、それはもう人々の目を楽しませてくれるのです。
エニシダの花が枯れるのを待ってじきに、この国は冬期を迎える。人々は最後の穏やかな陽気を楽しもうと、お花見を目的とした茶会をこぞって開くのが慣例なのだ。私はご存知のとおり、あまり社交的な性格ではないため、例年では茶会を企画する事などあり得ない事でありましたが。
誰かのこの一言から、「是非ご一緒してみたいですわ」となり「公爵家のお庭が見てみたい」となり「きっと素敵なんでしょうね」となって茶会を開けという雰囲気が周囲を支配したのでございます。マリア曰く「上位貴族の開く茶会とか格好の出会いの場ですもんねー」という事らしい。正直な話、全く気乗りはしない。
(茶会を開くならば当然、ユリウス殿下もお誘いしなきゃならないわよね)
あれからというもの、私達はなんとなく、ぎくしゃくしてしまっていた。ジャケットを借りなかったのは汚してしまったら悪いと思ったからだ、となんとか説明したものの・・その後は緊張してしまって私からはほとんど話しかける事は出来ず、殿下から話しかけられてもやはり、上手い受け答えを返せず・・。ユミルにまで「喧嘩でもなさったんですか?」と聞かれてしまう始末。今まで一体どうやって会話をしていたのかと疑問に思う程であった。
そう。私が殿下と会話が出来ていたのは、シルフィ様から授かったチートのお陰だったのだ。彼の意外過ぎる心情に触れる事が出来ていたから、臆さず話せていた訳で────。
ともあれ、王太子妃となれば国をあげての茶会を執り仕切る事なども出てくる訳で・・苦手だからと避けてばかりもいられないという事で、私は茶会を企画する羽目になった。誰を呼んだ呼ばないという話になるのも嫌なので、招待客は同じ学年同じ組の学生全員となった。その中には必然的に、ユリウス殿下にユミル、そして最近更に孤立化が顕著なアーシャ・ディアスもいる。
ユリウス殿下に招待状を渡したとき、彼は至って短くこう答えた。
「考えておこう」
そのときの彼の目・・。
まるで仄暗い沼の底のような冷たさを孕んでいた。
(そういえばユリウス殿下は私が交友関係を広める事を良く思っていなかったわね。もしかしてそれで不興を買ったのかしら? 嫉妬深いあの方のことですもの・・)
あら・・?
「嫉妬深いって・・どうして私、そんな事知ってるのかしら・・」
ん? また変な妄想? 夢と現実がごちゃごちゃになってる??
「好かれている事は間違いないのよね? 以前殿下のお住まいにお邪魔した時に、好きだと言って下さったし・・」
────でも最近のあの冷たい瞳・・。
私・・本当に今も、殿下に好かれているのかしら・・?
公爵家ではこうした茶会を催す機会も当然ながらよくあるので、シェフや使用人達は慣れている様子だった。それでも招待状の作成や茶会で出す菓子の手配、テーブルなどの配置や席数などを打ち合わせるのにはだいぶ骨が折れたけど、マリアは「遂にお嬢様も茶会を企画する様になったか」と、とても喜んでいた。その日は茶会で着るドレスを新調するため、仕立て屋が行商に来ていたのだが・・。
「うーーーーん・・」
最新の流行を取り入れたドレスを前ににらめっこする私を見て、マリアは不思議そうに首を傾げた。
「どうされましたお嬢様。いつもはさっさとお決めになられますのに」
「何って、一応私が主催者なのよ。あまり見劣りするドレスじゃ恥をかくじゃない」
「あらそうですか。じゃあ華やかなやつがいいですかね」
「こちらの淡いピンクのドレスはどうですか? 可愛らしい流行りのデザインで、クローディア様くらいの年齢のお嬢様にはとても人気が高いかと」
「うーーん・・ちょっと可愛い過ぎないかしらね。殿下はもうちょっと大人っぽい雰囲気だし・・」
「え?」
「え?」
マリアと仕立て屋さんの視線に気づいて、私は自分が口走った事にやっと気がついた。
「今私、なにか言ったかしら・・?」
私が真っ赤になってそう言うと、二人はニヤニヤとしながらも、私の心情を察して口々にこう回答する。
「いえいえ、何も〜」
「クローディア様ももう16歳ですもの。もう少し大人っぽいドレスの方がきっとお似合いになられますわ〜」
うう・・。絶対気づいてるじゃない恥ずかしい。なんたる失態かしら。
「あ。じゃあこの黒いドレスでいいんじゃないですか? 」
「いいですね! お色ぴったり!」
「さ、流石にそれはちょっと・・」
いかにも過ぎるでしょ・・。 それじゃ殿下に合わせましたと言わんばかりじゃないの。殿下がお茶会にいらっしゃるかどうかもはっきりとは分からないのに、殿下不在の中の黒ドレスは痛すぎるわ・・。
「あらぁ。お似合いと思いますけどねぇ?」
「じゃあこっちのワインレッドのドレスはどうです?この細かい金と黒のクロスステッチの刺繍が少しレトロで高級感がありますでしょう? 流行の型ではありませんけど、個性的で逆に目を引くかと。ブラックダイヤのアクセサリーと合わせたらきっととてもゴージャスな仕上がりになりますし、シックで黒いお色とも相性が良いはずですわ」
「ブラックダイヤですわね! 奥様にお借りしてきます!」
マリアがバターーンと大きな音を立てて部屋を出て行った。あれはお母様に叱られるわよ。
「さ、お嬢様。サイズを合わせますのでさっそく試着しましょう」
仕立て屋さんは終始ルンルンとやる気を漲らせていた。
「楽しみですわねぇ。若い頃を思い出しますわ」
今まではドレスのデザインや色なんてどれでも良いと思っていたのに・・。気まずさに私はただただ頬を赤らめるしかなくて。
ユリウス殿下・・来て下さるのかしら────。
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