お花見の季節です

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 茶会当日、天気にも恵まれ、満開のエニシダの花々の前に設置された会場には、徐々に人が集まり始めていた。 「・・で? どうして招待した覚えのない貴方までいるのかしらオーウェン?」  隣でオーウェンは、相変わらずの明るさで悪びれない笑顔を輝かせた。 「だって楽しそうじゃん。それに俺、ユリウス殿下ともっと仲良くなって近衛にして貰うんだ!」  グッと拳を握るオーウェン。そんな野望があっていつも昼食時に乱入して来てたのか。だけどひょっとするとそれ、逆効果かもしれません・・。 「ユリウス殿下は来られるとは限らないわよ」 「え? そうなの?」 「ええ。考えておく、としかお返事頂いていないもの」 「ふーん。ま、来るんじゃね? そういえばお前、なんかいつもと雰囲気違うな。アクセサリーもそんなに着けて、気合い入ってんじゃないか」 「し、主催者だからってだけよ! 来年には卒業して王宮に入る予定なんだし、そういうのにも慣れていかなきゃならないでしょ!」 「ふーん、そっか。殿下の婚約者ってやっぱり大変だなぁ」  呑気に欠伸をするオーウェン。変なとこ鋭いんだから・・。でもそんなに気合い入ってるように見えるのかしら。どうしよう皆にもそう思われたら、なんだか恥ずかしいわ。 「ユリウス殿下がご到着です」  そう使用人が告げてきたのは、開始時刻を過ぎてしばらくの事だった。私とオーウェンが連れ立ってユリウス殿下を迎えに門の所へ伺うと、豪華な装飾の馬車の傍らに、黒地に金の刺繍の映えるタキシードに身を包んだ、ユリウス殿下の姿が見えた。 (うわぁ。全身黒だぁ・・綺麗)  殿下の濡れた様な黒髪によく似合う、肩から下げられた少し光沢のある生地のマント。その裏地だけが血濡れ様に紅く目を引いた。殿下のどこか妖し気な魅力をそのまま表現したような、イメージピッタリの衣装。本当に殿下は、お美しいです・・。 「おいっ、クローディア! 見惚れてぼーっとするなよ!」  はっ。そうでした! 慌てて殿下に歩み寄り、カーテシーをする。 「ようこそおいでくださいました、ユリウス殿下。皆殿下のお出ましを心待ちにしておりますわ」 「クローディア。招待感謝する」  そのまま目と目が合ったので、私はどきりとしてしまって、今日も眩しすぎる殿下をそれ以上見れずに、下を向いてしまった。  え・・ど、どうしよう。殿下はまだ私を見ている・・? もしかして変かしら、このドレス。緊張で顔が上げられない・・。  そんな私を救ったのは隣りにいた快活男・オーウェンだった。彼は殿下に向けて意気揚々と口上してみせた。 「ユリウス殿下! 殿下の御身はこのオーウェンがお護りします! 今日は片時もお側を離れませんのでご安心を!」 「・・・・護衛は居るからいい」 「そう仰らずに殿下! 俺達の仲じゃないですか!」 「・・・・」  殿下引いてるわよオーウェン。でも今日だけは彼に感謝だわ。殿下から変な物質でも出ているんじゃないかと思うくらい、殿下側の半身が強張っているように思える。本当に私、どうかしてしまったのではないだろうか。    ユリウス殿下が会場に登場すると、周りから黄色い声が沸いたのは予想の通りだろう。オーウェンは先ほどの殿下の微妙な反応を気にかける様子もなく、しきりにユリウス殿下に話しかけていた。明るい人って凄い。  そんな中私が気になったのは、一人の女学生だった。彼女のその華やかな容姿が目を引くためか、早速噂話しに花を咲かせる女学生達の標的になっていた。 「聞きました? 彼女のディア・アミスタのときの話」 「クローディア様のスコーンをすり替えたらしいわよ。信じられない底意地の悪さ」 「よく顔を出せたものね。神経を疑うわ。社交辞令で声かけしたのを間に受けて、ねぇ・・」 「婚約者同士のお二人の間に割って入ろうとしているのだもの。もともと図太いのよ」 「ご自慢の美しさをもってしても見向きもされないのだから可哀想ね。性格の悪さが足を引っ張ってるんじゃないかしら?」  ・・・・いやいや、以前は貴方達も一緒になって嫌がらせしてませんでしたっけ? 神経の図太さを疑ってしまうわ・・。アーシャ・ディアスに対する虐めの様な仕打ちは収まるどころか拍車がかかっている様だ。自業自得だとも言えるけど、これ以上は聞くに耐えないし、良い機会かもしれないわね。  私は一人遠巻きに俯くアーシャ・ディアスの方へ歩み寄った。スタイルの際立つ細身の青いドレスで飾った彼女は相変わらず美しく、まるで海から抜け出てきたマーメイドの様だと思った。 「ご機嫌よう、アーシャさん。来てくれて嬉しいわ。さぁ、まずはお菓子でも取りに行きましょう。木苺を使ったクランブルケーキやショートブレッドは絶品よ。紅茶によく合うわ」 「え・・」 「どうしたの? 何も遠慮することはないわ。貴方は私が招待した大切なお客様の一人だもの。何か失礼があったなら、それはこの茶会を開いた私の責任よ。何かあれば注意するから、言って頂戴ね」  陰口を叩くグループのテーブルの方へ冷たい視線を向けながらそう言うと、それに気づいた彼女達は慌てて口をつぐみ、揃って紅茶を口へと運ぶ。 「・・クローディア様、あの・・」  アーシャさんはどこか泣き出しそうな顔をしていた。私は彼女を料理の並んだテーブルへ連れて行き、手にした皿にクランブルケーキを乗せてあげた。 「美味しいお茶とお菓子があれば、大抵の嫌なことは忘れてしまうわ。特に今日はこんなに見事なエニシダも見れるのだもの」  庭を飾る色とりどりのエニシダの美しい花々は本当に心を和ませてくれる。自然の織りなす壮大なアートをしばらく眺めていると、隣のアーシャ・ディアスが消え入りそうな小さな声で「ありがとうございます」と呟いたのが聞こえた。私達はそのまま、二人で一面の花々を眺めた。  そんな私達の様子を離れたところから見ていたユリウス殿下とユミルの間で、こんな会話がなされていた事など、私には知るよしもない。 「クローディア様は本当にお心が広くていらっしゃいますね。未来の王妃に相応しいお方です」  後のユミルはこう語った。  その時の殿下の瞳は────あまりにも暗く、そして冷たいものであったと。 「浅薄な欲深い者達とは違う。彼女はきっと、民を愛し民に愛され・・人の心に残る王妃になるだろう」  ────だから、隠さなければならない。  心の声を読む事が出来ていたら・・不安に歪んでいく暗い愛情に気づいてあげられたのだろうか。  愛されたくて愛されたくて・・身を割く様な想いに苦しみ続けた彼の、心に巣食う魔物の存在に───・・
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