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卒業パーティーの夜に
その夜、私は再び夢の世界で、あの黒い空間を漂っていた。
「・・やはり行かなければ良かった」
ユリウス殿下はやはり、以前と同じ幼い姿のまま、黒い闇の中に膝を抱えて蹲っていた。その周りを、触手の様に伸びる黒い靄が慰める様に彼の身体にまとわりつくのが見えた。
「そうしたら見なくても済んだのに。彼女が人に囲まれているところも、俺以外の人間に向けて美しく笑う姿も。苦しいんだ。好きになればなるほど・・」
"分かるよ。お前と僕は一緒だから"
声というよりは空間を震わせて伝わる、奇妙な感覚だとしか表現出来なかった。ユリウス殿下のすぐ後ろに、波の様に盛り上がった黒い靄が、人の形を形成する。私は彼の横へ降り立ち、彼にこちらを振り向かせようと一心不乱に彼の名を呼んだ。しかしまるで次元が隔てられているかのように、私の叫びは音を成さず、一向に彼には届かない。
"逃げるなら鎖で繋いでおかないとね"
「そうだ。この前はあんなに近くに居たのに・・あのとき閉じ込めておけばよかったんだ」
"そうだよ。彼女がお前しか見れないように閉じ込めるしかない。それでもお前を愛さないのならば・・殺すしかない。そうだろう"
「・・そうだ。彼女が誰かを愛する姿を見るのは・・俺には耐えられない・・」
────違うわ。
こっちを見てユリウス!
私は他の誰でもない、貴方を見ているのよ。今もこんなに近くにいるの。私は、貴方を────・・
"・・邪魔者が覗いてるみたいだね・・"
ユリウス殿下の背後に形作られた黒い人影には、よく見るとその頭部に血のような紅い二つの目が浮かんでいる。その魔性の眼球がゆっくりと、私の方へと向けられた────。
「ユリウス!!」
目が覚めると、そこはまだ暗闇の中だった。汗で濡れたネグリジェがぐっしょりと身体に纏わり付いている。
「・・・・着替えよ」
私は新しい夜着に着替え、水を汲んで乾いた口元へ運ぶ。すっかり喉を潤した頃には、私の記憶はあの黒い靄に塗りつぶされてしまったかの様に、奥底へ消えてしまっていた。冬を迎えた闇夜はしっとりと夜露で濡れていて、まるでユリウス殿下のあの髪のようだ。きっと殿下の夢を見ていたと言う事は分かるのに、その内容は全く思い出せなかった。
「ユリウス殿下・・どうしてるかしら・・」
何故だか無性に彼に会いたくなって、私は彼と同じ色の闇夜の中、膝を抱えながら眠った。
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