363人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
一人控え室に残されてソファにポツンと座っていると、なんだかだんだん、心拍数が上がってくる。エスコートって・・ユリウス殿下がここに迎えに来るって事だよね。え。なんか緊張してきた・・。えらい気合い入ってるなって、引かれたりしないかしら。身体がじっとりと汗ばんできて、化粧が落ちないように慌てて額にハンカチを当てる。しばらくするとドアをノックする音がして、私は緊張で声がうわずってしまった。
「ど、どうぞっ」
扉を開くとそこには、予想通りユリウス殿下が立っていた。
金糸と銀糸で細かい刺繍の施された、豪華なコート。その下に着込んだ黒いウエストコートにはやはり、豪華な刺繍が施され、紅いルビーのカフスが鮮やかに目を引く。殿下の繊細な美貌によく似合う、美しい衣装。なんて綺麗なんだろう・・。
ユリウス殿下は部屋に入るなり無言で、じっと私を見つめていた。私の方もどう声をかけたらいいのか分からず、そのまま見合う私達。
な、なんとか言って下さい・・。
身体から汗が吹き出す。何か言わなくてはと思い口を開こうとした、その時だった。
「美しいな」
え・・。
ユリウス殿下は、私の手を取ると、その手を持ち上げ、手の甲にそっと口づけをした。殿下の唇の感触と、私に向けられた上目遣いの瞳に射抜かれて、心臓は一気に心拍数を上げる。
ど、どきどきするっ・・。殿下のその濡れた様な黒い髪と瞳、どうしてそんなに色っぽいんでしょう?
「う、美しいのは・・殿下の方ですっ」
「? 俺が?」
「はいっ。その黒い髪と瞳、とても美しいですっ」
うわぁ、何を言ってるんだ私。恥ずかしくて声がうわずっている。殿下は私の狼狽を感じとったのか、私の手を離して、控え室に置いてあった飲み物をグラスへと注ぎ始めた。
「会場へ向かう前に何か飲みものでも飲もう。そう急いで行く必要あるまい」
「あ、はい。そうですね・・」
ソファに腰を下ろすと、そこへ殿下がグラスを差し出してくれる。口を付けると林檎の甘酸っぱい味が口の中を潤した。緊張で口が渇いていたのでとても美味しく感じる。
「オーウェンはこれで騎士団へ入隊か。あの騒がしさが無くなると思うと、少し寂しく感じるな」
「そうですね。殿下の近衛になると息巻いていましたが。毎日昼食時に乱入して来てたのは、それを狙っての事みたいです」
「・・そうか」
ユリウス殿下はグラスの飲み物を飲み下すと、再び私の方へ、あの艶めいた視線を向けた。目が合うと、とたんに顔が熱くなって、私は下を向いた。ああ、どきどきが収まらない・・
「今日の君を一度目にしたら、皆君の虜になってしまうな」
「そ、そんな事は・・」
ありません。と続けようとして、私は言葉を止めた。
心臓のどきどきが更に音量を上げて・・
え・・? あれ・・?
なんだろう・・視界が回って・・
「だから俺は、本当はずっと思っていた。君を何処かへ閉じ込めて、誰にも見せたくはない」
────思い出した。
前の人生でのパーティーの記憶・・ユリウス殿下はドレスを汚された私に、冷たい瞳でこう言ったのだ。
『君はもう部屋へ戻っていろ。そのみすぼらしい姿をこれ以上晒すな』
そうか。あれはユリウス殿下がやらせた事だったんだ。この人は私が着飾った姿を見せたくなかった。だからあんな事を・・
「ユリ・・ウス・・殿下・・」
ぐにゃりと世界が捻じ曲がる。ユリウス殿下の繊細な銀糸の刺繍が、万華鏡の様に視界に散らばる。ソファに沈んだ私へ向けて、彼の手が伸びてくる様が、何重にも重なって見えた。
「俺は君を奪われないか、いつも不安で仕方がないんだ・・」
────ユミル。
鳥籠を取り去る為には、どうすれば良いのだったかしら────・・
最初のコメントを投稿しよう!