卒業パーティーの夜に

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 一人控え室に残されてソファにポツンと座っていると、なんだかだんだん、心拍数が上がってくる。エスコートって・・ユリウス殿下がここに迎えに来るって事だよね。え。なんか緊張してきた・・。えらい気合い入ってるなって、引かれたりしないかしら。身体がじっとりと汗ばんできて、化粧が落ちないように慌てて額にハンカチを当てる。しばらくするとドアをノックする音がして、私は緊張で声がうわずってしまった。 「ど、どうぞっ」  扉を開くとそこには、予想通りユリウス殿下が立っていた。  金糸と銀糸で細かい刺繍の施された、豪華なコート。その下に着込んだ黒いウエストコートにはやはり、豪華な刺繍が施され、紅いルビーのカフスが鮮やかに目を引く。殿下の繊細な美貌によく似合う、美しい衣装。なんて綺麗なんだろう・・。  ユリウス殿下は部屋に入るなり無言で、じっと私を見つめていた。私の方もどう声をかけたらいいのか分からず、そのまま見合う私達。  な、なんとか言って下さい・・。  身体から汗が吹き出す。何か言わなくてはと思い口を開こうとした、その時だった。 「美しいな」  え・・。  ユリウス殿下は、私の手を取ると、その手を持ち上げ、手の甲にそっと口づけをした。殿下の唇の感触と、私に向けられた上目遣いの瞳に射抜かれて、心臓は一気に心拍数を上げる。  ど、どきどきするっ・・。殿下のその濡れた様な黒い髪と瞳、どうしてそんなに色っぽいんでしょう? 「う、美しいのは・・殿下の方ですっ」 「? 俺が?」 「はいっ。その黒い髪と瞳、とても美しいですっ」  うわぁ、何を言ってるんだ私。恥ずかしくて声がうわずっている。殿下は私の狼狽を感じとったのか、私の手を離して、控え室に置いてあった飲み物をグラスへと注ぎ始めた。 「会場へ向かう前に何か飲みものでも飲もう。そう急いで行く必要あるまい」 「あ、はい。そうですね・・」  ソファに腰を下ろすと、そこへ殿下がグラスを差し出してくれる。口を付けると林檎の甘酸っぱい味が口の中を潤した。緊張で口が渇いていたのでとても美味しく感じる。 「オーウェンはこれで騎士団へ入隊か。あの騒がしさが無くなると思うと、少し寂しく感じるな」 「そうですね。殿下の近衛になると息巻いていましたが。毎日昼食時に乱入して来てたのは、それを狙っての事みたいです」 「・・そうか」  ユリウス殿下はグラスの飲み物を飲み下すと、再び私の方へ、あの艶めいた視線を向けた。目が合うと、とたんに顔が熱くなって、私は下を向いた。ああ、どきどきが収まらない・・ 「今日の君を一度目にしたら、皆君の虜になってしまうな」 「そ、そんな事は・・」  ありません。と続けようとして、私は言葉を止めた。  心臓のどきどきが更に音量を上げて・・  え・・? あれ・・?  なんだろう・・視界が回って・・ 「だから俺は、本当はずっと思っていた。君を何処かへ閉じ込めて、誰にも見せたくはない」  ────思い出した。  前の人生でのパーティーの記憶・・ユリウス殿下はドレスを汚された私に、冷たい瞳でこう言ったのだ。 『君はもう部屋へ戻っていろ。そのみすぼらしい姿をこれ以上晒すな』  そうか。あれはユリウス殿下がやらせた事だったんだ。この人は私が着飾った姿を見せたくなかった。だからあんな事を・・ 「ユリ・・ウス・・殿下・・」  ぐにゃりと世界が捻じ曲がる。ユリウス殿下の繊細な銀糸の刺繍が、万華鏡の様に視界に散らばる。ソファに沈んだ私へ向けて、彼の手が伸びてくる様が、何重にも重なって見えた。 「俺は君を奪われないか、いつも不安で仕方がないんだ・・」  ────ユミル。  鳥籠を取り去る為には、どうすれば良いのだったかしら────・・
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