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「クローディア様・・クローディア様!」  それからどれくらいの時間が経ったのだろう。いつのまにか眠りについていた私は、身体をゆすられて目を覚ました。はっとして見上げると、そこには見知った人物の姿が私を見下ろしていた。 「ユミル・・?」 「良かった、ご無事で・・」  ユミル・ガーベリアはほっとした目元を綻ばせた。口元は黒い布で覆われていて見えなかった。そればかりではない、いつもの制服姿ではなく、彼は全身黒いぴったりとしたボディースーツに身を包み、背には背負った剣の柄が覗いている。伊達眼鏡だったのか、その瞳の上には眼鏡の姿すら形を潜めていたが、それは間違いなくユミルのものだった。 「詳しい説明は後です。ある方の御命令で貴方を助けに来ました。早くここから脱出しないと」  彼のその言葉を手放しで喜ぶ訳にはいかない。もしもユミルが他国の差し向けた刺客であったなら、私はそのまま人質として利用される可能性もゼロではないのだ。私はカマをかけてみる事にした。 「ユミル貴方・・やはり影なのね」  『影』と言っても私がその存在を知らないくらいなのだ、他国の刺客であれば話が通じていないはず。彼の返答でそれを見極める。  私がそう言うと、ユミルは驚きに目を見開いた。 「気づいていらしたんですか? ・・さすがはクローディア様」  この反応は恐らく当たりの方ね。 「感謝します、ユミル。ある方というのは・・王陛下ですね?」  彼等「影」は王族を護っている隠密だと言う。ユリウス殿下でない事は確かだから、残る可能性は陛下ぐらいなものだろう。私の問いかけを受けて、ユミルは少し言葉を詰まらせた。 「そこまでバレていると隠密として自信を失うのですが・・」 「陛下は私を拐かした犯人がユリウス殿下だと気がついているのね?」 「元々僕は陛下に、ユリウス殿下をお護りするのは勿論・・その行動を監視する様に命じられていました。そして殿下が執着を示している貴方の事も。陛下は元々、冷遇を受けてきたユリウス殿下が、何の恨み言も言わない事に不信感を抱いていたようで」  その言葉に、心が騒つくのを感じた。 「反逆の疑いあらば王太子位を剥奪しようという事ですか?」  あの王族が暮らすにはあまりに粗末な、荒れ果てた離宮────あの場所を見ただけで、殿下と母上がどんな扱いを受けてきたのかは想像に難くない。それを国の都合で表舞台に引き戻しておいて、裏では監視をつけていたのか。 (不信感ですって? 殿下にこの世の全てが信じられなくなる様な仕打ちをしたのは、貴方達ではありませんか・・)  私が怒りを募らせたのに気がついたのか、ユミルは神妙な表情を見せた。 「・・違います。王は事が深刻になる前に貴方を助け出し・・それを揉み消せと」 「え?・・」  つまり陛下は、ユリウス殿下を庇う為に私を・・? 「クローディア様。その件に関してはいずれ王から直接お話しがあるでしょう。とりあえず今僕達は、ここから無事に脱出しなくてはいけません」 「・・分かったわ」  私が立ち上がると、ユミルはドレス姿の私を見て表情を曇らせた。 「着替えを持ってくれば良かったですね」 「大丈夫よ。剣を貸して頂戴」  私は引き摺るほどに長いスカートの裾を剣で引き裂いた。これで少しは動き易くなるだろう。靴は仕方ないが、履かずに裸足で歩くしかない。 「行きましょう!」  ユミルは緊張の糸を張り詰めたような深刻な表情で頷いた。
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