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 扉を引くと、あの古めかしい軋んだ音が反響するのが妙に不気味に感じる。そこには一本の通路が闇へ向かって伸びていた。燭台の灯を頼りに一歩踏み出すと、裸足の足を伝って冷んやりとした冷気が身体を冷え切らせた。どうやら地面は煉瓦で舗装されている様で、それだけでもありがたいだろう。  私達はその中を無言で進んだ。通路は一本であるし、ここで殿下と遭遇すれば争いは免れないだろう。燭台の灯りが届く僅かな距離しか視界がきかぬ中、最も重要な情報は音なのである。前を歩くユミルの背中からは、その緊張が伝わってきて、とても声を出す気にはなれなかった。  そのとき、裸足で歩みを進める私の足は、異物の感触を感じとった。硬い煉瓦の張られた通路で、何か柔らかいものを踏み締めたのだ。驚いて心臓は飛び跳ね、ハッとして私は後ろを振り返った。  その時一瞬だけ見たものは、この世のものとは思えぬ、ぞっと肝を冷やすものであった。  通路の地面や壁に張り付いた、無数の目────。 「きゃあっ・・」  思わず叫び声を上げた瞬間、ユミルが抜剣した音が響く。気がつくとユミルは私を背に庇う様な体勢で、闇に向かって剣を構えていた。 「何も・・いない・・ですね」  既にそこに無数の目は消えていて、静かな闇が横たわっているだけだった。極度の緊張で幻覚を見たのだろうか。 「後少しで出口です。急ぎましょう」  再び歩みを進めてから割とすぐに、通路は突き当たった。行き止まりの壁には、縄を繋げて作られた縄梯子がかけてある。ユミルに続き、肩で息をしながらもなんとか上まで登りきると、地上へ繋がる出口の所で待っていたユミルが、手をとって上へと引き上げてくれた。そこは人一人分程度の幅しかない、何も無い不思議な空間だった。ユミルは壁際で座り込むと何かを探して地面を探り始めた。やがて四角い出っ張りを見つけ出すと、そこを押す。するとその出っ張りに止められていたのだろう壁のその面が、くるりと回転したのだ。  か、回転扉・・!   現れた隙間から外へと出ると・・そこはなんと、学園のパーティーホールの廊下だった。どうやら学園の地下という読みは当たっていた様だ。先程の狭い空間は部屋と部屋との間に作られた隙間だったようだ。 「学園の地下にこんな場所が?」  おおかたの予想は当たっていたとは言え、それでも驚きは大きかった。ユミルはすでに移動を始めていたが、私の驚きの呟きに気づいて、律儀にもこちらを振り返る。 「王都中心部の各施設には、有事の際に身を隠すための地下施設が存在します。代々の王と我々影一族しかその存在を知りません」  ユミルがその答えを返したとき、私達は2階の大ホールへと続く吹き抜けの大階段へと差し掛かっていた。彼は突然ピタリと動きを止め、床に這いつくばり耳をつけた。  コツン、コツン・・  反響する足音が、遠くの方に僅かに聞こえた。  
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