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 おそらく足音の方向を正確に把握する為なのだろう。ユミルは数秒それを聞いた後、無言で私の手を引いて階段を登り始めた。暗いホールの扉を開けると、ユミルは月明かりの照らす広いバルコニーへと私を連れて行った。物陰へと私だけをしゃがみ込ませ、シーっと口元に指を立ててみせる。  私は言われた通り、息を殺して闇に身を潜めた。寒空の下でドレス姿では凍える筈が、極限状態の為か寒さは全く感じなかった。しかし無情にも、足音はどんどんその音量を上げていく。そしてその音が、ぴたりと止まったとき。  キィ────・・  僅かに軋んだその音は、ホールの扉が開かれる音だった。次いでバタン、という乾いた音が鳴り響く。 (は、入ってきた・・!)  必死で口元を抑えた。呼吸の音が漏れない様に。しかし心臓の音が聞こえてしまうのではないかという程、大きな警鐘を掻き鳴らす。 「クローディア」  その声は間違いなく、ユリウス殿下のものだった。静かで低い、冷たく冷え切った声。 「出てこい。・・一度だけなら許してやる」 (ど、どうすれば・・)  その時だった。  凄まじい金属音が鳴り響き、心臓が飛び出す程に跳ね上がる。暗いホールの天井に張り付いて潜んでいたユミルが、上から攻撃を仕掛けたのだ。気づいた時にはもう、ユリウス殿下と私との間に立ち塞がる様な位置で、ユミルは殿下に向けて武器を構えていた。  殿下の手には月光を閃く長剣が、そして対するユミルは、両の手に棒状の武器を握っている。 「やはり貴様か。ユミル・ガーベリア」 「こんばんは。今のを防ぎますか・・優秀過ぎて困りますね、ユリウス殿下」  ユミルの人を食った様な返しに、殿下はあからさまに不快を露わにした。 「薄汚い犬めが。大方あの男の命令で、俺を監視していたのだろう。クローディアに近づいたのもそれが目的か? それとも・・」  殿下の黒い瞳が、カーテンの裏から覗く私の方を貫いた。 「元々お前もユミルを通じて、奴に俺の情報を流していたか」  またズキンと、心が痛んだ気がした。 「ち、違・・」  違います。そう否定しようとした。しかし殿下はそれを取り合おうとはせず、私の言葉を待たずに冷たい視線をユミルへと戻してしまった。   「まぁいい。俺を裏切ればどうなるか、思い知らせてやる。この男をお前の目の前で切り刻んでやるからな」 「出来ませんよ貴方には。こう見えて幼い頃から特殊訓練を受けてきた身です。いくら貴方が優秀でも、返り討ちに合うのは貴方の方ですよ」  ユミルは至って落ち着いた様子で、いつもと変わらぬ口調でそう言ってのけた。しかし次の殿下の言葉に、彼は口をつぐむ事になる。 「何故剣を使わん」 「・・使うまでもないからですよ」 「お前は奴から俺を殺す許可を得ていない。悪いが手加減できるほどの実力差は俺達の間には無い」 「・・・・」 「お前はここで死ぬんだよ。ユミル・ガーベリア」  ユリウス殿下が剣を構える。そしてユミルもまた両手の武器に力を漲らせた。 「・・本当に優秀で、困りますね・・」  ユ、ユミル・・  一体この状況、どうしたら────?
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