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 月光を受けた長剣の軌道が、まるで閃光の様に残像を残す。その度に金属のぶつかり合う不快な音が耳をつんざいた。 「お逃げ下さいクローディア様! 出口に馬が繋いであります!」 (そ、そんな・・でもそれでは、ユミルが・・)  あまりの事に口から言葉が出て来ない。私は慄然としながら、秒速で交わされる命のやり取りを夢中で目で追っていた。  闘いは一見して、ユミルが押されている様に見えた。殿下の繰り出す凄まじい斬撃の雨を、後退しながらなんとか捌いている様に見える。しかし二十合に及ぶかというときだった。殿下の振り下ろした斬撃を、ユミルは紙一重で避けた。勢いで空いた殿下の顔目掛けてユミルが右手の武器でカウンターを繰り出す・・と思われたところだった。読んでいたのか、懐に入ろうとしたユミル目掛けて、殿下の返す剣が閃いた。しかしユミルもそれを読んでいたのか、彼は横に薙がれたその一閃を身を屈めて避けた。左のガードで滑らされた長剣は虚しく空を薙ぐ。そしてその瞬間、ユミルの右のカウンターが殿下の顔目掛けて繰り出されたのだ。  私の目からは、その攻撃は当たっていないように見えた。しかし正確に顎を捉えたようで、ユリウス殿下は足元をふらつかせたのだ。 「舐めないで下さい。人が意識を失う急所なんて、無数にありますからねっ・・!」  ユミルはよろめいた殿下に向けて、ここぞとばかりに突きを繰り出した。それは間違いなく闘いを決定づけるものであったはずだ────通常であれば。  私達は目を疑った。ユミルのその打撃を止めたのは・・殿下の剣ではなかった。  彼の足元の影から伸びた・・触手の様な黒い、何か。 「!?」  ユミルは右手に握った武器に巻き付いたそれの、異様な気配を察知したのだろう。咄嗟に武器から手を離して飛び退くと、彼から距離を取る。 「な・・何ですか殿下、それ・・人間業とは思えないのですが・・?」  私のすぐ側まで引いて来ていたユミルは、苦笑いを浮かべて、顔を引き攣らせていた。額には汗が滲んでいる。それぐらい、足元から伸びた黒い靄を纏わり付かせた彼の姿は、異様なものであった。彼を護る靄の中でふらついた頭を抑えていた彼の手の隙間から、憎しみの込められた視線がこちらへと向けられたのが見えた。  靄が一瞬、伸びた様に見えた。  ユミルは危険を察知したのだろう。咄嗟に私の身体を脇に抱えると、バルコニーの手摺りを蹴って勢いよく宙へと飛び出した。その判断が正しかった事はすぐに証明された。数秒前に私達の居たバルコニーの床と手摺りの一部が、伸びて来た黒い靄に貫かれて崩れ落ちたからだ。  砕けた瓦礫と、ユミルの左手に握られていた武器が落ちていき、下の植え込みの木々に当たって派手な音を鳴らすのが聞こえた。しばらくの後、再びコツコツ響く足音が聞こえて、ホールを遠ざかって行く。恐らく下に落ちたであろう私達を探しに向かったのだろう。  実は私達は、ユミルの機転でバルコニーの裏側に吸盤の様な器具で張り付いていたのだ。私の身体を抱えて右手一本で釣り下がるユミルの負担は、相当なものであっただろう。私達は息を殺して、足音が遠ざかるのをひたすらに待った。
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