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ねぇ、お腹ん中カラッポにして
お腹空いたって僕に強請ってよ
とっておきの料理を用意してあげる
「ご飯できたよ」
リビングのテレビ前にあるローテーブルで課題をしている棗に声をかけると、ダルそうにしていた彼はパッと顔を上げた。
「課題は終わったの?」
「んー…まだ」
「高校になって勉強大変?」
「うん。ついてくのがやっと……ってわぁ!今日はローストビーフ?豪華だね!」
「うん、いい牛ヒレ肉を見付けたから」
テーブルに用意した夕飯を見るなり、棗は嬉しそうにはしゃいでいた。僕はそんな様子を横目にエプロンを外し、棗の向かいの椅子に座る。
「仕事でも料理してるのに、休みの日までこんな手の込んだもの作るなんて…郁人さんは本当に料理が好きなんだね」
「ローストビーフ、そんなに難しくないよ?」
「またまたぁ~」
「それは郁人さんが料理人だから言える事だよ」とおどけた様子で笑った。
「「いただきます」」
棗は姿勢がいい。
食事の時もしゃんと背筋を伸ばし、決して猫背にならない。男性にしては細くしなやかな指を合わせて合掌すると、箸を持ち食べ始めた。
…彼の母親の躾の仕方が良かったのか、昔から棗は食べ方が綺麗だ。
僕は一緒に合掌だけすると、棗が食事する姿をウットリと見詰めた。
僕の両親は共働きで仕事が忙しく、中学生になる頃には僕が自分で夕飯を作るようになっていた。
最初は母に頼まれて仕方なく作っていたのだが、切り方のちょっとした違いや調味料を入れるタイミングで味が全く変わることを知って面白くなり、次第に料理にのめり込んでいった。
何より、疲れた顔で帰宅した両親が自分の料理を食べて笑顔になってくれるのが単純に嬉しかったのもある。
そして、僕が高校2年生の時。
自宅近くに住む父親の弟夫婦の息子―…僕の従兄弟にあたる棗が小学校に上がった。叔父夫婦も共働きで忙しく棗は放課後学童に入ったのだが、預かり終了時刻に迎えが間に合わないとの事で、当時帰宅部で実家の夕飯を任されていた僕に白羽の矢が立ったのだ。
棗を学校まで迎えに行って、実家で夕飯を食べさせてから叔母の迎えを待つ…そんな生活がスタートした。
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