ひこうき雲を追いかけて

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 大学入試を無事終えて、石垣のように積み重なる参考書を片付けようとしていた昼下がり。2月末はまだ、部屋が暖まるまで時間がかかる。  震える指先に吐息を吹きかけた時、本棚で埃をかぶっていた小学校の卒業文集がふと目に留まった。卒業する兄・理空(りく)に向けて書いた作文が入賞して、人生で初めて賞状を貰ったことを今も覚えている。  受賞した作文は文集に掲載されて、卒業式に全生徒へ配られた。誇らしくて、両親や祖父母に何度も自慢したことを覚えている。  久しぶりに文集を見たら、こんなことも思い出した。小学生の頃、試験勉強をしていた兄が問題を出してきたことがある。 『のんびり屋の兄・A君は分速50mで歩きます。運動が好きな弟・B君は分速70mで歩きます。忘れ物をしたことに気づいて兄より5分遅く家を出た弟は、何分後に兄に追いつきますか?』といった内容だ。  もちろん、小学一年生の俺には全く解けない問題だった。でも、その問いに対してこう答えたんだ。『A君がリク兄ちゃんだったら、絶対に家の前で僕を待っていてくれるからすぐに追いつく』と。  そう答えた僕の頭を撫でて「正解」と笑っていた兄は、高校卒業後に家を出て疎遠になっていった。パイロットのライセンスを取得できる大学に合格したくせに、夢を捨ててからは、ひこうき雲を追いかけていた頃の目の輝きが失われてしまった。
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