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救護室で診てもらった結果、ハムストリングの肉離れだろうと言われた。そこまでひどくはないとのことだった。
あとは倒れた時に右肩と右肘を擦りむいたので消毒してもらった。看護士に礼を言って、僕は救護室を出た。
スタンドに向かって歩いていると、
「たーきーがーわ」
背後から声をかけられた。そこには岡野先輩がいた。
「あ……、お久しぶりです」
「あんたんとこの一年のコに『救護室に行ってる』って聞いたんだ。怪我は大丈夫?」
「軽い肉離れみたいです」
「そっか……」
「また記録なしで終わっちゃいました」
少し自虐的に言うと、岡野先輩は首を横に振った。髪が揺れる。
「そんなことないよ。世界でメダル獲るような選手でも三回ファールとか怪我とかあるよ」
「そんなレベルと比較されてもなぁ」
「『頑張って練習してきた』って意味ではメダリストも私たちも同じでしょ? どこかの選手が言ってたよ。調子がいいときほど肉離れは起きやすいんだって」
確かに調子はよかった。ベストを出せるような気がしたぐらいに。しかし、
「もしかして、オレ、すっげー慰められてます?」
と僕が言うと、岡野先輩は笑った。
「そんなエラそうなもんじゃないよ。ウチの中学から高校でも陸上続けてる仲間って少ないし、滝川にはこれからも頑張ってほしいなと思ってさ。……本当だよ?」
そう言って首を左に傾けた岡野先輩はかわいいと思った。なんか、ズルい。
「大丈夫ですよ。オレ、次は記録出します」
「うん、期待してるよ」
記録を出さないと話すこともできないかななんて思っていたけど、思った以上に気軽に話すことができた。
早く怪我を直して、次の大会に出たい、心からそう思って僕は
「そっちの兵藤にも勝ちます」
と宣言した。岡野先輩は目を丸くした。
「兵藤ぉ? あれは……すごいよ? ほとんど完成してる。私、教えることなんてない感じ」
「勝ちますよ。……三年の夏までには。少しずつ追いかけて距離を詰めます」
さすがにこの次は勝つとは言えない。
「……現実をわかってるのは大事だね」
岡野先輩も頷いた。
足は痛かったけれど、心が少し軽くなったような気がした。
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