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「滝川?」
ふいに自分の名前を呼ばれて驚くと、今度は右隣にセミロングの黒髪水色のジャージの女の子が立っていた。今日は突然、人が横に立つんだな。
その子は、僕と同じ青城南高校の一年、村松雫だった。
「ああ、村松さん」
「いまの知ってる人?」
「女の人と話してたでしょ」
村松は雄山一の集団を指差した。
「ああ、岡野先輩は同じ中学なんだ。中学のときはいろいろ教えてもらったんだ」
「ふーん」
「ん?」
「滝川は、あの先輩が好きなんだねー」
村松はニヤリと笑みを浮かべると何度も頷いた。
「な!」
「いや、バレバレだし。すっごい挙動不審で、見てたら笑えた」
「いや、そんなことない」
「隠さなくてもいいよ。うん」
そんなバレバレだったのか、僕は苦笑するしかなかった。
「好きなんでしょ?」
「……いまのままじゃダメかなぁ」
そう呟いて、僕は掲示された紙に向き直る。
岡野先輩も女子走幅跳で、二位入賞で北信越大会への進出を決めている。
それに引き換え、僕は順位すらつかない。
紙の一番下の方に「NM」と書かれているだけだった。
「NM」、それは「No Mark(記録なし)」を意味する。
まずは記録を出さないことには、僕なんかが岡野先輩に好きと言う資格もない、そう思って言ったのだが、
「そういうものなのかなー。気にしなくてもいい気もするけど」
と村松はサラッと言った。
そんなことを言っている村松は、中距離を専攻していて、女子800mで準決勝まで進出している。高みからの発言だよ、とは言わないことにしておいた。
まずは、NMから抜けだす、それが次の目標だ。
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