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閉店後、みんなと別れたわたしは手紙に書かれていたビルへ向かった。
店からは徒歩で数分。4階建ての総合飲食ビルだ。フロアの案内板にTattooの名前を確認した。ボディバッグからナイフを取り出し、ポケットに忍ばせる。
「雪音さん」
「ギャ──!!」
心臓が、止まるかと思った。振り返ると、コウモリの姿のテルさんがそこにいた。
「何をしているのですか?」
──しまった。テルさんの存在をすっかり忘れていた。そうだ、この人は常にわたしのそばにいるんだった。
「あー・・・ちょっとこの地下の店で知り合いと約束してまして」
「時間はかかりますか?」
「え?いや、すぐです!すぐ!」──戻って来れるかも、わからないけど。
「わたしも一緒に行きます」
「いやっ!それはダメです!」
近くにいた男性2人組と目が合った。"独り言"を言うわたしに不審な目を向けている。気まずくなり目を伏せた。
「しかし、地下では声も届きづらくなりますし・・・」
そこで、納得した。彼女が地下を選んだ理由が。
「その、デリケートな話なんで、誰かがそばにいるとちょっと・・・」
咄嗟に口からでまかせを言ったが、意外にもテルさんは信じてくれた。
「そうですか・・・わかりました。ですが、長居はしないでください。わたしも雪音さんの行動を制限するのは気が引けますが、全てあなたのためなんです」
テルさんはむしろ申し訳なさそうだった。わたしに張り付く事に罪悪感を抱いているらしい。
「はい、わかってます。無理言ってごめんなさい」
地下へ続く階段を下りながら、わたしは心の中で何度もテルさんに謝った。わたしを守ろうとしてくれているのに、嘘ついてごめんなさい。
真っ直ぐな通路には1番手前にスナックの看板があり、その斜め向かいにBARが一軒。そして、1番奥にある扉のプレート看板にTattooと書かれてあった。中から騒がしい音楽が漏れている。
わたしは意を決して、その扉を開けた。
フロアに立つスタッフの女性と目が合い、すぐにこちらへ向かってきた。
「いらっしゃいませ!お一人様ですか?」
店内のBGMが激しく、女性の声を聞き取るのがやっとだった。
「待ち合わせです!」
「あっ、中条様ですか?」
「・・・はい」
女性は聞き取れなかったらしく、わたしが頷くと笑顔を見せた。
「お待ちしておりました!こちらへどうぞ」
フロアは若い男女で溢れかえっていた。みんなドリンクを片手に身体を密着させ、DJが回す音楽を楽しんでいる。そこを通り抜け案内されたのは、1番奥にある、いわゆるVIP席というやつだ。豪華なソファー席は何個かあったが、そこだけ扉で仕切られている。
扉の前に立つと、鼓動が速まるのを感じた。この中に、あの人がいる。
──ふと、早坂さんの顔が浮かんだ。きっと、怒るだろうな。
「ごめんなさい・・・」
大きく深呼吸をして、わたしはその扉を開けた。
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