わたしの代わり

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鏡に映る自分に、わたしは何度も言い聞かせた。大丈夫、お前なら出来る。ちゃんと、伝えられると。 部屋の時計を見ると、さっき確認してから15分も経っていない。家を出るまではあと2時間。わたしはソファーから立ち上がり、洗面所へ向かった。 洗面所の鏡でも、自分に向かって唱える。 大丈夫、お前なら出来る。 そして、メイクポーチからマスカラを取り出しまつ毛に乗せる。これはあくまで気合を入れる為のもので、今日は4回ほど重ね塗りをしている。リビングと洗面所を往復するたびに塗っているから、いい加減ケバくなってきた気はするが、気にしない。眉毛も描き足すたびに太くなっているが、気にしない。これは、気合を入れるために必要な事だ。 普段は塗らないリップも、今日は良しとしよう。なぜなら、気合を入れるため。 前に春香から貰ったレッド系のリップを軽く唇に乗せる。 フェイスパウダーを叩きすぎたせいで顔面は白く、赤いリップによって舞妓さんに見えなくもないが気にしない。 今日はわたしの、一世一代の勝負の日。といっても過言ではない。 24年間生きてきて、こんなに緊張した事はない。そのせいで昨日はなかなか眠れず、朝も5時に目が覚めた。それから意味もなく部屋中を徘徊し、ひたすら時間が経つのを待つ。 早く時間が過ぎてほしい反面、このまま時が止まればいいのにと思う自分もいる。自分の中にある"恐怖心"をどうにか紛らわそうとするが、結局そんな術はないのだ。 ──そして、そんな重要な日であるにも関わらず、わたしはやらかしてしまった。 早朝起床のおかげで夕方になると強烈な睡魔に襲われ、気づいたらソファーで寝ていた。 目が覚めた時は、待ち合わせの時刻の5分前。 盛大に発狂した。幸い、場所はTATSUの近隣。何度も行っているところだから迷う事もない。目が覚めてから30秒で、わたしは家を飛び出した。
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