わたしの代わり

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おそらく、学生の頃の最速タイムを上回っていたと思う。タイムさえ計っていなかったが、体感としては秒だった。秒で着いた。 しかし──「いないんかーい!」 席に案内され、叫ばずにはいられなかった。 「あの、お客様・・・大丈夫ですか?」 店員のお姉さんがわたしを不審者のような目で見るのは叫んだからだけではない、今は真夏かと勘違いするほどの滝汗が顔から流れ落ち、呼吸困難になっているからだ。 「すみません、ハアハア・・・大丈夫です。連れもまもなく来るんで。すみません」 「今、おしぼりとお水お持ちしますね」 たぶん彼女は、裏に行って仲間にわたしの事を"密告"しているはずだ。同じ立場として大いにわかる。 ありがたいことに、お姉さんはおしぼりを2つ持ってきてくれた。1つはお手拭き用、もう1つは顔用だ。気合を入れたメイクは、会う前に崩れ落ちた。 それから10分ほどして、彼女はやってきた。 遅刻を悪びれる様子もなく、席に着く前にわたしを凝視した。 「早坂さんに会ってたの?」 「・・・え?なんで?」 「いや、その顔。会うからメイクしたとかじゃなくて?」 「いや、違う。会ってないよ」 「よかった」 ──どういう意味だ? 「遅れてゴメン、来る途中におばあちゃんが足を挫いて倒れてて、手を差し伸べずにはいられなくて・・・」 「もういいわ。すみませーん!ビール2つくださーい!」 席に着いた春香はグイッと身を乗り出し、近くでまたわたしを凝視した。 「なんで、そんな事になってんの?」 「なにが?」 「いや、顔よ。鏡見てから出てきた?」 「30回は見た!これは気合いの表れ!」 「ふーん、そんなに気合いが必要なわけね」 ──痛みを感じるほど、心臓が跳ねた。 落ち着け。まだ始まってもいないのに、今から動揺するな、自分。 今日は月曜日。店の定休日だ。休みの日にこうやって春香と2人で会う事は滅多にない。何故なら、休日に会おうと思えないほど日々飲みに繰り出しているからだ。 それも、最近はめっきり少なくなった。早坂さん達と出会ってから。 今こうして会っているのは、わたしがお願いしたからだ。 聞いてほしい事がある。出来れば休みの日にゆっくり。そう伝えた時、春香は深く溜め息を吐いた。それは嫌悪ではない、やっとかという様に。
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