黎明

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限界を迎えたのは、それから1時間後。 先に見えるゴールを目指してわたしは最後の力を振り絞った。 「だああああああ」 脚がもつれ、そのままベンチに飛び込んだ。 「はあ、はあ、はあ、無理っ・・・もお無理っ・・・水・・・あっ!水っ!」 途中、自販機で水を買おうと思っていたのに、走るのに夢中ですっかり忘れていた。買いに戻るより、家に帰ったほうが早い。これは、呼吸を整えたら即帰宅だ。 ベンチに仰向けになり、気づいた。いつの間にか空が晴れている。さっきまでの雲はどこに消えたんだと思うくらい、晴天だ。 それにも気づかないほど無我夢中で走っていたということか? ──純粋な疑問が浮かんだ。わたしは、何をしているんだろう。夕方から仕事なのに、今からこんなに疲れていていいのか? 今日のコースは決まった。家に帰って湯船に浸かり、一眠りしてからの出勤だ。 5分ほど休み、呼吸が落ち着いたところで姿勢を起こした。よし帰るかと、立ち上がろうとして、気づいた。 「わぁ──っ!!」慌てて口を塞ぐが、手遅れだった。「すっ、すみません!ごめんなさい!人がいるとは思わなくてっ!」 2つ並んだベンチ。その隣に、若い女性が座っていた。 えっ、いつの間に?気配なんて感じなかったのに。そもそも、感じ取れる状態ではなかったが。 「いえ、私こそ驚かせてしまったみたいですみません」 「いえいえ!すみません!どうぞ、ごゆっくり!」 「ここは、凄く良い所ですね」 「・・・そうですね!景色もいいし!走るには最高です!」 「ずいぶん足が速いのですね。何かスポーツをやられていたのですか?」 「・・・えっ?あっ、いえ、とくには何も。趣味の一環というかなんというか・・・」 見られていたのか。帰ろうとしたが、そうもいかなくなった。 「それに回復も早い。素晴らしい身体をお持ちだ」 ──なんで、そう思ったかはわからない。 わたしは、わたしに微笑むこの女性に一瞬、恐怖を感じた。 「私は決して丈夫なほうではないのでね。あなたのように優れた身体が羨ましい」 ──あ、"ヤバイ"。 わたしに、野生本能という物があるとしたら、それが盛大に危険信号を鳴らしている。この女性、いや、本当に女性なのか?目の前にいるこの人物に近づいてはいけないと、本能が訴えかけている。
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