黎明

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「そうですか・・・あの、わたしはこれで失礼しますね」 「お待ちを」 立ち去ろうとして踏み止まった。 「お忘れですよ」 振り返ると、女性がわたしの携帯を手に持ち、立っていた。 「あっ・・・すみません」 ベンチに寝そべった時にポケットから落ちたのか。 差し出された携帯に手を伸ばすが、触れる直前で手が止まった。脳より先に身体が拒否反応を起こしている。 「どうしたのですか?」 駄目だ。動揺を見せるな。隙を見せたら"終わり"な気がした。 「いえ、ありがとうございます」 出来るだけその手に触れないように、携帯を掴んだ──つもりが、手から離れ、地面に落ちた。 えっ──・・・なんで?背筋が凍り、全身に鳥肌が立った。 「あら大変」 女性がしゃがむ前にわたしは地面に落ちた携帯を素早く拾った。 「すみません、ありがとうございます。では」 動揺を見せない?そんなの無理だ。唯一自制出来たのは、走らなかったことだけ。本当はすぐにでも走って逃げ出したかった。 なんで?あの人の手、氷のように冷たかった。あれは人間の体温じゃない。あれで生きていられるはずがない。 背後に意識を置きながら、歩いた。そして十分な距離を取ったところで、足を止める。振り返るべきか迷ったが、身体が勝手に後ろを向いた。 ──いない。彼女の姿はどこにもなかった。 ホッとする反面、大きな疑問が浮かび上がる。 アレは、なんだ。この説明の出来ない恐怖心は何処からくるんだ。見た目は普通の女性なのに、わたしは何に恐怖を感じているんだ。 考えられるのは、"人間"ではないということ。つまり、妖怪。財前さんやおばあちゃんみたいに人間の姿をした妖怪。いや、でもそれともまた違う──彼女からは"異質"なものを感じた。 早坂さん達に言うべきか。しかし、何の確証もない事を言ってどうなる?報告すれば、すぐにでもここに来ると言うだろうが、彼女はもういない。 それに、わたしの勘違いという可能性だってある。警戒心が強くなっているせいで、過剰に反応してしまっただけかも──いや、でもアレは──・・・「だああああッ」 頭がパンクしそうだ。とりあえず、帰ってお風呂に浸かりながら考えることにしよう。
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