30人が本棚に入れています
本棚に追加
/424ページ
「さあ行くわよ雪音ちゃん」
パンッ──という良い音が、部屋に響き渡った。
殴るまでは行かなかったが、わたしは早坂さんの両頬を叩き、こちらを向かせた。
「早坂さん、落ち着いてください。今行っても、彼女はいません。わたしはこの通り元気ですから。とにかく、座ってください」
早坂さんは虚を突かれたように目を丸くした。でも、やっとわたしの目を見てくれた。中腰だった早坂さんはその場にペタンと座り、頬に当てたわたしの手をギュッと握った。
「ごめん・・・」俯き、自分を落ち着かせるように息をついた。
「いや、わたしこそごめんなさい・・・凄い良い音したけど、痛くなかったですか?」
「次はグーでやれ」何処からか悪魔の囁きが聞こえた。
「彼女?」早坂さんがパッと顔を上げた。「今、彼女って言わなかった?」
「俺は電話で言ったからな。ろくに聞きもせず切りやがって」
「女の人でした、若い。髪は真っ黒で腰くらいまであって・・・」
「不思議ではないよ」財前さんが静かに言った。「あやつは人を喰らい、その姿に化ける。それは男に限った事ではないからね。最近の"獲物"が、その女性だったということだろう」
──今思えば、彼女は血が通っていないかのように真っ白だった。
本来は、普通に生きていた人なんだよね。彼女の身に何があったのかはわからないが、その事を思うと、胸が締め付けられた。
「雪音ちゃんのことを認識していたかという話だが・・・可能性は高い」
「えっ・・・そうなんですか?」
「ああ。あやつは僕の死を待ち侘びているからね。苦しむ姿を自分の目で見たいはずだ。姿を隠しながら僕に近づいてる可能性はある。つまりは、僕の周りにいる人間も把握しているということだ」
「・・・だとしたら、周りの人間を傷つけて、財前さんを苦しめようとしてる・・・」
財前さんは目を伏せた。「もしくは、君の身体を望んでいる・・・」
──"素晴らしい身体をお持ちだ"
彼女の不敵な笑みを思い出し、ゾッとした。
「すまない。雪音ちゃん」
「えっ?いやっ、謝らないでください!財前さんが悪いわけじゃないんですから!たまたまターゲットがわたしだったっていうだけで?っていうか、本当にたまたまだったかもしれないし!」
場を和ませようと言ったが、重い沈黙が流れた。
わたしの手を握る早坂さんの手に力が込められる。
最初のコメントを投稿しよう!