黎明

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「さあ行くわよ雪音ちゃん」 パンッ──という良い音が、部屋に響き渡った。 殴るまでは行かなかったが、わたしは早坂さんの両頬を叩き、こちらを向かせた。 「早坂さん、落ち着いてください。今行っても、彼女はいません。わたしはこの通り元気ですから。とにかく、座ってください」 早坂さんは虚を突かれたように目を丸くした。でも、やっとわたしの目を見てくれた。中腰だった早坂さんはその場にペタンと座り、頬に当てたわたしの手をギュッと握った。 「ごめん・・・」俯き、自分を落ち着かせるように息をついた。 「いや、わたしこそごめんなさい・・・凄い良い音したけど、痛くなかったですか?」 「次はグーでやれ」何処からか悪魔の囁きが聞こえた。 「彼女?」早坂さんがパッと顔を上げた。「今、彼女って言わなかった?」 「俺は電話で言ったからな。ろくに聞きもせず切りやがって」 「女の人でした、若い。髪は真っ黒で腰くらいまであって・・・」 「不思議ではないよ」財前さんが静かに言った。「あやつは人を喰らい、その姿に化ける。それは男に限った事ではないからね。最近の"獲物"が、その女性だったということだろう」 ──今思えば、彼女は血が通っていないかのように真っ白だった。 本来は、普通に生きていた人なんだよね。彼女の身に何があったのかはわからないが、その事を思うと、胸が締め付けられた。 「雪音ちゃんのことを認識していたかという話だが・・・可能性は高い」 「えっ・・・そうなんですか?」 「ああ。あやつは僕の死を待ち侘びているからね。苦しむ姿を自分の目で見たいはずだ。姿を隠しながら僕に近づいてる可能性はある。つまりは、僕の周りにいる人間も把握しているということだ」 「・・・だとしたら、周りの人間を傷つけて、財前さんを苦しめようとしてる・・・」 財前さんは目を伏せた。「もしくは、君の身体を望んでいる・・・」 ──"素晴らしい身体をお持ちだ" 彼女の不敵な笑みを思い出し、ゾッとした。 「すまない。雪音ちゃん」 「えっ?いやっ、謝らないでください!財前さんが悪いわけじゃないんですから!たまたまターゲットがわたしだったっていうだけで?っていうか、本当にたまたまだったかもしれないし!」 場を和ませようと言ったが、重い沈黙が流れた。 わたしの手を握る早坂さんの手に力が込められる。
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