30人が本棚に入れています
本棚に追加
/424ページ
「・・・いや、わたしを殺そうと思うなら、昨日とっくにそうしてると思うんですよね・・・」──もしくは、出来ない何かがあるのか。「だから、心配しないでください。わたしも出来るだけ普通にしていたいので」
早坂さんが納得しないのは、わかっている。それ以上に、わたしの気持ちを汲んでくれようとしているのも。
「・・・わかった。明日、迎えに来るわ」
午後11時50分─。
帰宅したわたしは、缶ビールを手にベランダへ出た。
カシュッと素敵な音を聞き、少し溢れた泡をゴクゴクゴクと喉に流し込む。
「くぅ〜〜〜〜あっ」
明日死ぬかもしれない状況でも、ビールの美味さは変わらないらしい。
ベランダの手すりに肘をかけ、わたしは暗闇の空へ念じた。
来い──空舞さん、来い。
20分待った。しかし、空舞さんは来ない。冷蔵庫へ向かい、2本目のビールとあたりめを持ってまたベランダへ向かう。
「ぉわっ!・・・あれっ!?いつの間に!?」
「今来たわ」
「・・・念が通じたか」
空舞さんは首を傾げた。「なんの話?」
「空舞さん来いって念じてたんです」
「なぜ?」
わたしはベランダの脇にあるパイプ椅子に腰掛けた。
「ちょっと、話したくて」
「何かあったの?」空舞さんは手すりを移動してわたしに近づいた。
「わたし、明日死ぬかもしれないんです」
自分でも唐突すぎるとは思ったが、案の定、空舞さんは無反応だった。
「どーゆうこと?」
それから、事の起こりを説明した。重点を置いて、簡潔に。その間、空舞さんは黙って聞いていた。
──「ということで、空舞さんに会いたいなぁって思ってたんです」
「・・・・・・そう」
小さな声でそれだけ呟くと、空舞さんは頭を垂れた。
「いや、大丈夫ですよ?わたし死なないので。死なない自信あるので。ただ、万が一のために?会っておきたかっただけなんで!」
空舞さんの反応は、ない。
「優子のようにあなたまでいなくなったら、わたしは耐えられないわ」
「えっ・・・」
「ごめんなさい。失礼するわ」
「えっ!ちょっ・・・空舞さん!?」
空舞さんは翼を羽ばたき、暗闇へ飛び立って行った。空舞さんを追って宙に浮かぶ自分の手が、虚しい。
わたしはさっきの空舞さんのように頭を垂れた。
そうか──空舞さんは優子さんを亡くした傷が癒えてないんだよね。それなのに、わたしまでいなくなったら──・・・申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
最初のコメントを投稿しよう!