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早坂さんはわたしの手から逃げると、ハンドルを持つ左手と入れ替えた。
「大丈夫よ、大した事ないから」
「大した事ありまくりですけど!・・・痛くないんですか?」
「ええ、ほらハンドルも握れるし」
思わず、溜め息がでた。「ダメですよ・・・そんなになるまで、何やってるんですか・・・」
「あたしのことはいーのよ」
「よく、ありません・・・」
何を思って、こんな事になったのか──いつもヘラヘラして軽口ばかり叩くくせに、本当の内は見せようとしない。
「このまま、逃げようかしらね」
「・・・え?」
「あなたを連れて、誰にも見つからない場所に行こうかしら」
──あながち、嘘でもないんだろうな。そう思うと笑みが出た。
「いいですよ。わたしはそれでも」
早坂さんと目が合った。わたしの本心も伝わっているはず。
早坂さんは笑い、シートに深く寄りかかった。
「そんなことしたら、あたしは一生恨まれそうね」
「ええ?誰にですか?」
「あなたの周りにいる全員によ」
──昨日から、ずっと考えていた事がある。
わたしは、早坂さんに自分の気持ちを伝えないままでいいのだろうか。
死ぬ気なんて、さらさら無い。でも、1番伝えなきゃいけない事を無視していいの?
「あの、早坂さん」
「ん?」
「・・・ずっと、言いたかったことがあるんですけど・・・」
「うん?」
──意気込んだはいいものの、何て言えば?いや、深く考えるな。わたしは早坂さんが好きです。シンプルにそう伝えればいい。
「あの、わたし・・・」
「雪音ちゃん」
「・・・え」
「その言おうとしてる事って、状況が違くても言うつもりだった?」
「・・・えっ?」
「言い急いでるわけではないのよね」
──まさか、そんな言葉が来るとは思わなかった。そう言われると、何も言えなくなる。
「出直します・・・」
早坂さんはわたしの頭に触れ、いつもの優しい笑顔を見せた。不意にポンと頭に乗るこの大きな手が、わたしはたまらなく愛おしい。
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