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財前さんの家に到着すると、最初に出迎えてくれたのは泳斗くんだった。
「ユキネ!」
泳斗くんはわたしを見るなり、ピョンと胸に飛び乗ってきた。
「泳斗くん久しぶり!でも、ないかな?」
泳斗くんは黒い甚平を着ていた。季節外れ感は否めないが、最高に可愛いから問題ない。
「ボク、ユキネとボールで遊ぶ!」
「ん?ボール?」
「うん!サッカーだよ!」
「おお・・・出来るの?」
誰かに教えてもらったんだろうか。と、その時、襖が開いた。雪人さんだ。
「おはようございます。雪音さん、お待ちしておりました」
「ユキネ!外行こ!」
雪人さんは近くに来ると、わたしの胸からそっと泳斗くんを抱き上げた。
「泳斗くん、それはまた今度に。いいね?」
泳斗くんは口を尖らせ不満そうだったが、コクリと頷いた。なるほど、雪人さんの教育はちゃんと行き届いているらしい。
「泳斗くん、今度いっぱい遊ぼうね」
「うん!」
「裏庭にプールがあるから遊んでおいで」雪人さんが促すと、泳斗くんは奥の部屋へ走って行った。
この時期にプールとは。想像するだけで寒気がするが、元々泳斗くんは水の中に住んでいたし、それが当たり前なんだよね。
「お入りください」
「あ、はい」
部屋へ行くと、いつもの場所に財前さんが座り、その隣に瀬野さんがいた。そして、奥に1枚の布団が敷かれている。
──あれは、わたし用だろうか。
「おはよう雪音ちゃん。昨日は眠れたかい?」
「おはようございます。はい、それなりには・・・」
隣にいる人をチラリと見た。間違いなく、この人よりはね。
「お前、なんつー顔してんだ」 瀬野さんが言ったのは、早坂さんに対してだ。
「仏頂面に言われるとはね」
わたし達が座るなり、雪人さんはトレイに乗せた小さなグラスを持って来た。それをテーブルの上に置く。
「雪音さん、これが例の薬になります」
「・・・これを飲めと」
「はい」
「どう見ても人間が飲める色してないんですが」
この色を一言で言うなら、土だ。畑の色。何処からどう見ても、毒薬としか思えない。
「これを残さずに飲んでください」
「・・・どんな味するんですか」
「わかりかねます」
「ですよね」
量で言えばショットグラス一杯程度だが、これを口に入れるにはかなりの勇気が必要だ。
「なんつーか、効きそうな色してるな」
瀬野さんよ、他人事だと思って。
「こちらは準備が出来ていますので、あとは雪音さんのタイミングでお願いします」
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