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早坂さんがプッと噴き出した。「聴いてみたいわ」
「何があろうと、ぜったい歌いません」
「100万積まれても?」
「・・・要相談で」
「ハハッ、そこは歌っときなさいよ」
会話が途切れ、──暗闇と静寂の中、時計の秒針の音だけがやけに響いた。けれど、わたしはこの音が嫌いじゃない。おばあちゃんの部屋を思い出すから。
お願いだから、早坂さんがこのまま寝てくれますように。
「雪音ちゃん」
願いは通じなかった。
「あい」
「聞いていい?」
「・・・そう言われて、嫌とは言えないですよね。むしろ気になる」
早坂さんがクッと笑う。
「あなた、目覚める前に一言だけ、"お母さん"って、呟いたの。あたしの聞き間違いじゃなければ」
「・・・聞き間違いじゃないと思います」
「夢、見てた?」
──これまで、母さんの事を誰かに話したことはなかった。言ったところで、空気が重くなるのは目に見えていたから。だから、わたしにとって初の"試み"だ。
「あの、だいぶ前の事なので、軽い気持ちで聞いてほしいんですけど」
「わかった」
「・・・わたしの母親、わたしが高校生の時に自殺してるんです。前日まで普通に過ごしてたのに、何も変わった様子もなかったのに、ってずっと思ってたんですけど・・・今日母さんの夢を見て、思い出したことがあって。やっぱり、いつもと違かったんですよね、様子が。それが今まで、記憶から抜け落ちてて・・・死にかけたおかげで蘇りました」
最後は笑いを交えて言ったが、早坂さんはしばらく何も言わなかった。
「思い出してよかった?」
「・・・そうですね。よかった、のかな。複雑なところです」
「そっか。ありがとう、話してくれて」
早坂さんはこういう時、深くは聞かない。なんでも知りたがりの早坂さんなのに。
「わたし、ずっと自分を責めてたことがあって・・・」
「なに?」
言葉にするのが、怖かった。普段から考えないようにしていた。その事を考えると、自責の念に呑み込まれそうになるから。
でも、早坂さんには聞いてほしいと思ったんだ。
「わたし、母親が死んだ時、思ったんです。なんで・・・わたしを置いて、死んだのって。わたしを1人にして勝手に死んだのって・・・母親を恨んでしまったんです」
──まずい。案の定、いつものが来た。
胸が、苦しい。息がしづらい。そのうち、吐き気もするだろう。
おさまれ、おさまれ。
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