喋るコウモリ

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月曜日、午後7時。 わたしは近所のスーパーで、手に取った2つの物を吟味していた。 左はいつも買うチリ産の激安ワイン。右はイタリア産のこれまたリーズナブルなワイン。差額は400円ほど。いつも買うワインの隣にあったこのワインが、何故か目についてしまったのだ。 たまには少し高いワインもアリでは?しかし、高いからといって美味しいとは限らない。さて、どうしたものか。 5分ほど考え、右手のワインを棚に戻した。そもそも、偉そうに吟味するほどワインの味知らないじゃん? 無駄な時間を後悔しながらチーズ売り場へ向かう。今日は店の定休日=海外ドラマナイトだ。万全の準備をしていたつもりだが、冷蔵庫のワインが残りわずかな事に気づき、こうしてスーパーに出向いたのである。 この時間帯は仕事帰りのサラリーマンが多く見られる。面白いのは、買い物カゴの中身でその人の生活が垣間見れることだ。 左手の薬指に指輪をしているスーツ姿の男性のカゴには、割引の弁当や惣菜がいくつも入っていて、それは単身赴任だからと見ている。 同じくスーツ姿でジャガイモや玉ねぎを買っている若い男性は、一人暮らしだが倹約家で普段から自炊を心掛けているんだろう。 なんにせよ、わたしの勝手な想像でしかないが。 わたしも3割引きになったポテトサラダをカゴに入れ、レジへと並んだ。 1人、2人と進み、やっとわたしの番を迎えたその時だった──背筋に、冷たいものが走った。 「生き延びて良かったよ。やはり、素晴らしい身体だ」 ──動けなかった。一瞬、金縛りにあったように身体が固まった。 我に返って振り返ったが、目が合ったのは後ろに並んでいた女性だ。辺りを見回しても、いない。混雑した店内では視力が機能しない。 「あの・・・」 「あっ・・・すみません」後ろの女性に声をかけられハッとしてレジへ進む。 ──今の声、間違いない。 川で会ったあの女性(ひと)だ。右手の甲が疼く。 えっ・・・なんで・・・ここに・・・?わたしを追って来たの? 「あの、お客様、お支払いは如何なさいますか?」 「・・・あ、すみません、現金で」 急いでスーパーを出て、近辺を見回したが、それらしき人は見当たらない。 ──・・・聞き間違いか?いや、あの"嫌な感じ"、それにあの台詞。 "生き延びて良かったよ。やはり、素晴らしい身体だ" 間違いない。あの人だ。あそこに居たんだ。 どうしよう──早坂さんに連絡するべき?いや、ダメだ。何でも頼るのはやめるって決めたじゃないか。 "何かあった時は、叫んでください" ふと、テルさんの言葉を思い出した。
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