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わたしは、自分が置かれた状況をわかっていなかったのかもしれない。
みんなに守られ、何かあれば誰かが駆けつけてくれる。そんな甘えが、わたしの大事な人を傷つけた。
結局、わたしに出来る事なんて何もない。
だったら、自分の身を差し出すまでだ。
*
木曜日、17時。
いつもより早く出勤したわたしは、更衣室の鏡でもう何百回と見たその"痕"を再度確認していた。
これって、どれくらいで消えるんだろう。"キスマーク"をつけられたのが人生初なわたしには知る由もない。
"ごめん。タガが外れた"
──まあ、とっくにいろいろ外れてますけどね。大胆な行動はするのに、口では何も言わない。この曖昧な関係を早坂さんは何とも思わないんだろうか。
側にいられれば、それでいい。それは本心だ。でも、それはいつまで続くんだろう。わたしは、いつまで早坂さんのそばにいられる?
更衣室のドアがガチャリと開き、わたしはシャツのボタンを留めた。
「あれ?なによ、早いわね」
「春香こそ」
「病院が思ったより早く終わったのよ」
「あー、化膿したって言ってたやつ?」
「うん、あの女、バイ菌でも持ってたんじゃないかしら。マジ勘弁」
「あの女?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「怪我してそこが化膿したって話だけ」
春香は左手の甲に四角い傷パッドを貼っている。
「昨日アンタと別れたあとさ、女の人とぶつかったのよ。そしたらその人スマホ落としちゃって。同じタイミングで拾おうとしたら向こうの爪が当たっちゃって。傷自体は大した事ないんだけど、時間が経つにつれてメッッチャ痛くなってきてさぁ。絶対バイ菌持ちだわ、あの女」
──鼓動が、速くなるのを感じた。
なに、今の話。まるで、この前のわたしじゃないか。いや待て、冷静になれ。早合点するな。
「それさ、どんな女の人だった?」
春香は着替えながら怪訝な顔をした。
「そこ気になる?どんなって?」
「見た目、どんな人?」
「見た目ェ?いや、普通の女よ。何処にでもいる。ビビるくらい色白だったけど」
更に、鼓動が速まった。
「髪型は?」 声が少し震えた。
「・・・それ、聞く意味は?黒のロング。腰までの」
目眩がして、わたしはその場にしゃがみ込んだ。
「ちょっ、どしたの?大丈夫?」
──まさか・・・。
え・・・なんで?もしそうだとしたら、なんで春香に?
いや、落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない。
「アンタ、顔真っ青よ?貧血じゃない?」
「・・・うん、ゴメン、ちょっと外の空気吸ってくるね」
「ついてこうか?」
「大丈夫大丈夫、すぐ治るから」
裏口から外へ出て、すぐに早坂さんに電話した。ありがたいことに、早坂さんは今回も秒で出てくれた。
「もしもし」
「・・・早坂さん」
「・・・何があったの?」
早坂さんはわたしの声で異変に気づいたようだ。早坂さんの声も張り詰めている。
「どうしよう・・・もしかしたらあの人が春香に・・・でも、そんなことありえないですよね?ただの偶然かもしれないし、考えすぎですよね?」
「雪音ちゃん、落ち着いて。1度、ゆっくり深呼吸しなさい」
言われた通り、わたしは息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「ごめんなさい、動揺して自分でも何言ってるか・・・」
「春香ちゃんがどうしたの?」
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