虎視眈々

2/8
前へ
/427ページ
次へ
わたしは、自分が置かれた状況をわかっていなかったのかもしれない。 みんなに守られ、何かあれば誰かが駆けつけてくれる。そんな甘えが、わたしの大事な人を傷つけた。 結局、わたしに出来る事なんて何もない。 だったら、自分の身を差し出すまでだ。 * 木曜日、17時。 いつもより早く出勤したわたしは、更衣室の鏡でもう何百回と見たその"痕"を再度確認していた。 これって、どれくらいで消えるんだろう。"キスマーク"をつけられたのが人生初なわたしには知る由もない。 "ごめん。タガが外れた" ──まあ、とっくにいろいろ外れてますけどね。大胆な行動はするのに、口では何も言わない。この曖昧な関係を早坂さんは何とも思わないんだろうか。 側にいられれば、それでいい。それは本心だ。でも、それはいつまで続くんだろう。わたしは、いつまで早坂さんのそばにいられる? 更衣室のドアがガチャリと開き、わたしはシャツのボタンを留めた。 「あれ?なによ、早いわね」 「春香こそ」 「病院が思ったより早く終わったのよ」 「あー、化膿したって言ってたやつ?」 「うん、あの女、バイ菌でも持ってたんじゃないかしら。マジ勘弁」 「あの女?」 「あれ、言ってなかったっけ?」 「怪我してそこが化膿したって話だけ」 春香は左手の甲に四角い傷パッドを貼っている。 「昨日アンタと別れたあとさ、女の人とぶつかったのよ。そしたらその人スマホ落としちゃって。同じタイミングで拾おうとしたら向こうの爪が当たっちゃって。傷自体は大した事ないんだけど、時間が経つにつれてメッッチャ痛くなってきてさぁ。絶対バイ菌持ちだわ、あの女」 ──鼓動が、速くなるのを感じた。 なに、今の話。まるで、この前のわたしじゃないか。いや待て、冷静になれ。早合点するな。 「それさ、どんな女の人だった?」 春香は着替えながら怪訝な顔をした。 「そこ気になる?どんなって?」 「見た目、どんな人?」 「見た目ェ?いや、普通の女よ。何処にでもいる。ビビるくらい色白だったけど」 更に、鼓動が速まった。 「髪型は?」 声が少し震えた。 「・・・それ、聞く意味は?黒のロング。腰までの」 目眩がして、わたしはその場にしゃがみ込んだ。 「ちょっ、どしたの?大丈夫?」 ──まさか・・・。 え・・・なんで?もしそうだとしたら、なんで春香に? いや、落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない。 「アンタ、顔真っ青よ?貧血じゃない?」 「・・・うん、ゴメン、ちょっと外の空気吸ってくるね」 「ついてこうか?」 「大丈夫大丈夫、すぐ治るから」 裏口から外へ出て、すぐに早坂さんに電話した。ありがたいことに、早坂さんは今回も秒で出てくれた。 「もしもし」 「・・・早坂さん」 「・・・何があったの?」 早坂さんはわたしの声で異変に気づいたようだ。早坂さんの声も張り詰めている。 「どうしよう・・・もしかしたらあの人が春香に・・・でも、そんなことありえないですよね?ただの偶然かもしれないし、考えすぎですよね?」 「雪音ちゃん、落ち着いて。1度、ゆっくり深呼吸しなさい」 言われた通り、わたしは息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。 「ごめんなさい、動揺して自分でも何言ってるか・・・」 「春香ちゃんがどうしたの?」
/427ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加