虎視眈々

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それからというもの、わたしはまったく仕事が手につかなかった。 なんで?なんで春香が?繰り返される疑問と、先の見えない不安で頭がどうにかなりそうだった。何も出来ず、ただ見守るしかない自分に腹が立った。 「春香、傷はどう?」 「ッ・・・アンタねぇ!いい加減しつこいわよ!何回聞けば気が済むの!?嫌がらせか!?」 「ごめん。でも心配で。どう?」 春香はうんざりしたように息を吐いた。「アンタ、やっぱり今日おかしいわ。情調不安定なんじゃない?ほらっ、変わってないわよ」 傷口を見せられ、安堵する。今日、何度繰り返したかわからない。 「よかった・・・ありがと」 「ったく、アンタのせいで粘着力弱くなったわ。ちょっと変えてくるから、ホールよろしく」 「あい」 春香が更衣室へ行ってすぐ、店のドアベルが鳴った。若い男性1人の来店だ。 「いらっしゃいませ。1名様ですか?」 「あっ、いえ、客ではないんですけど」 「・・・はい?」 「あの、中条雪音さんという方はいますか?」 「・・・中条はわたしですが」 「あっ、よかった。あの、これ」男性はそう言い、手に持っていた物をわたしに差し出した。封のしていない封筒だ。「あなたに渡すように頼まれて」 「・・・誰にですか?」 「わかりません。初対面の女性だったので。具合が悪くなり、届けられないので代わりにと頼まれまして」 「女性・・・ですか。それって、黒髪で腰くらいのロングヘアですか?」 「あ、はい、そうです」 「色白な・・・」 「そうそう、凄く色白な女性です」 ──確信した。心の何処かで、これはただの偶然で、ただの事故だと、そう願う自分がいた。でも、そんな事はありえない。春香が傷をつけられたのは、間違いなくあの人だ。 ご丁寧に、わたしのフルネームまで知っている。 「あの、大丈夫ですか?」 放心状態だった。「あ・・・すみません。わざわざありがとうございます」 「いえいえ、では」 「あのっ、その女性とは何処で会いました?」 「そこの地下鉄です。降りたところで声をかけられて」 「・・・そうですか。ありがとうございます」 封筒を持つ手が、震える。見たくない気持ちと一刻も早く確認しなければという気持ちが葛藤する。落ち着け。 春香が戻ってこないことを確認して、わたしはその中身を開けた。 "友人に毒は仕込んでいない。安心したかな? YKビル地下1階Tattooで待っているよ。もちろん、1人でね" その時のわたしの感情は、"安堵"以外何もなかった。春香の無事がわかった。それ以外はどうでもよかった。 「あれ?さっきドアベル聞こえたけど、気のせい?」 「・・・いや、なんか店間違えたみたい」 「あ、そう。んで、なんでアンタはそんなにニコニコしてんの?」 「そお?普通だよ」 ──これは、わたしに対する警告だ。 わたしが拒めば、周りにいる人間を傷つけると。それは春香だけじゃない、早坂さんや瀬野さんにだって言える事だ。 わたし1人に出向けというなら、そうするまでだ。それで誰も傷つけずに済むなら本望だ。
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