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「わたしが身軽だから、欲しいと?」
「もちろんそれだけじゃないよ。私は純粋に、君の事が知りたいんだ。龍慈郎から聞いていないかい?私が取り込むのは身体だけじゃない、その人物の記憶全てだ」
「それを知って、なんの得が?」
「損得の話ではないよ。私は人間という儚い生き物の事が知りたいんだ。どれもこれもつまらない人間ばかりでね。しかし君の場合は・・・他の人間とは少し違うと見ている」
「・・・わたしの中の財前さんの記憶も欲しいんですか」
彼女は射るようにわたしを見つめると、フッと笑った。
「そうだね、それも楽しみの1つだ。あいつは昔から人に好かれる奴でね。人間でもないのにおかしな話だろう?」
「財前さんは半分人間ですよ」 前に財前さんが言っていた事をそのまま引用した。
「しかし妖の血も間違いなく流れている。そんな奴が人間と共存し、事もあろうに妖を殺し続けている!残酷だと思わないかい?」
彼女の悲壮感漂う表情や言動は役者並だ。
「"わたし達が"始末するのは、悪い妖怪だけです」
「それは、誰が決めるんだい?」
「人間に害を与えなければ、何もしません」
彼女は深く腰掛け、背もたれに肘を掛けた。
「傲慢な話だよ、まったく。人間にも善と悪が存在するだろう?人間同士の殺し合いだって至る所で起きているじゃないか。君は害を与えるのが人間でも殺すのかい?」
「・・・人間は法律で裁かれます」
「では、妖は?」
彼女が1度ゆっくり瞬きをすると、黒かった瞳が金色に変わった。縦長の瞳孔がわたしを捉え、金縛りにあったように目が離せない。
「君たちのような人間が裁きを与えると?それが当然だと?」彼女の口から細長い舌が伸びてきて、わたしの頬を這う。全身に鳥肌が立った。「私が怖いかい?雪音ちゃん」
「・・・いいえ。少なくとも今は、殺されないでしょうから」
彼女はククッと不気味に笑った。「勇敢な子だ。おっと、話が逸れてしまったね。本題に戻るが・・・君に何個かお願いがあるんだ」
わたしが無反応でいると、彼女が続けた。
「5日後の火曜日、午前1時、此処に1人で来て欲しい」そう言って彼女はテーブルに小さなメモ用紙を置いた。
手に取り見ると、泉公園野球場と書いてある。なるほど。広い場所でわたしを"食べようと"してるわけね。
「便利な時代だ、携帯で調べれば地図も出てくるだろう?安心しなさい、此処からそう遠くない」
安心──ね。
「それともう1つ」今度は、シャツの胸ポケットから取り出した物をテーブルに置いた。小さな透明のスプレーボトルだ。中身も透明な液体が入っている。
「これは?」
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