始まり

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顔にかかる髪のせいで顔全体は見えないが、わかるのは、目が1つだということ。額全体を覆うほど大きな目。 彼女の姿勢は猫背気味で、その腕は髪と共に前で揺れている。 しばらく見つめ合っていたが、彼女はその場に立ち尽くし、動かない。 ただわたしを見据えている。 今だったら、彼女の横をダッシュで通り抜けられるんじゃ。一瞬脳裏を過ったが、それを実行に移せる勇気は無い。 どうすればいい。 どうすれば ・・・。 考えるより先に動いたのは、右手だった。 「あ、こんばんは」次に、この口。 わたしは店長か! 毎日ギリギリに出勤してきては、「あ、おはようさん」と、気怠そうに手を上げる光景が頭に浮かんだ。 ああ、今頃2人は冷えたビールを堪能してるんだろうな。こんなことなら、わたしも一緒に行けばよかった。 もちろん、彼女の反応は無い。 「あの、わたし、家に帰らなければならないので。失礼します」自分で何を言っているかわからなかったが、勢いに任せて、1歩足を踏み出した。 すると彼女の大きな目が、バサっと動いた。 わたしはそれに驚き、ビクリと身体が跳ねる。 瞬き1回で、そんな音しないだろう普通。 まあどう見ても、普通ではないんだが。 その時だった、何処からか弱い風が吹いてきて、彼女の顔にかかった髪を、一瞬持ち上げた。 わたしはそれを見逃さなかった。街灯の灯りでハッキリ見えた。 彼女には、口が無い。というか、鼻も無い。おそらく耳も。 顔に存在するのは、あの異様に大きい目だけだ。 ということは当然、喋ることも聞くことも出来ないわけで・・・。 どうしたものか —— 今まで、何かを訴えてくる"者達"はいたが、こういうタイプは初めてだ。こういうシチュエーションも。 そこに居るとわかっていても、決して目を合わさず、見て見ぬフリをしてきた。 だから、対処方法がわからない。 逃げるという選択肢以外、浮かばない。 わたしは頭の中でシミュレーションを立てた。 よーいどん!でダッシュ。出来るだけ彼女から離れながら、逃げ去る。 今日はスニーカーだし、足は決して遅いほうじゃない。
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