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よし、と意を決したところで、彼女に先を越されてしまった。
右足が、ズリッと動く。
いやいやいやいや、ちょっと待って!
次に左足。
引きずるように、1歩、2歩と近いてくる。
わたしは心の中で悲鳴をあげた。そして、彼女の両腕がわたしに向かって伸びてくる。
もはや、恐怖で身体が硬直していた。
逃げろ。逃げろ。
気持ちとは裏腹に、足が退いてしまう。
彼女が1歩進み、わたしは1歩退く。ゆっくりと。そして—— 完全に追い込まれた。
背中に壁が当たる。もう逃げようがない。
「あの、ちょっと、落ち着きましょう!話し合いましょう!」またわけのわからないことが口から出る。
彼女との距離は、わずか数十センチ。わたしは身をよじり、塀にすがりついた。
「わーー!ごめんなさいーー!」
そして彼女の指先が、わたしに数センチのところまで近づき——・・・もうダメだ。
わたしは、ギュッと目を瞑った。
──どれくらい、そうしていただろう。
とても長い時間に思えたが、実際は10秒ほどだと思う。
あれ?なに?身体に何かが触れた感触がない。
目を開けて確かめたいけど、怖い。
なんでこんなに静かなんだろう?
恐る恐る、ゆっくりと目を開けた。
そして——「ッ・・・ギャーーーー!!!」
「キャーーーーー!!」
———・・・・・・えっ?
状況を、理解出来なかった。
今起こった事。目を開けた、目の前に顔があった、叫んだ、目の前の顔も叫んだ。
「ちょっとやだ!ビックリするじゃない!」
「・・・えっ?・・・だ、誰?」もはや半泣き状態だった。
わたしの見間違いでなければ、目の前に"人間"がいる。さっきの彼女ではない。人間の男の人が。
「大丈夫?どこも怪我してない?」
わたしは言われるままに頷いた。
徐々に目が慣れてきて、やっぱり、普通の人間だと認識した。
一気に安堵感が広がり、膝からへなへなと崩れ落ちた。
「あらあらちょっと、大丈夫?」
目線が下がると、男が手に持っている物が見えてギョッとした。街灯の明かりでキラリと光る。
わたしの反応を見た男は、慌てたようにソレを後ろに隠した。
「安心して、これはアナタを傷つける物じゃないから」そう言って、何処からか取り出した革張りの鞘にソレをしまう。
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