11・元の体に……。

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11・元の体に……。

それから、三日後。 保健室のドアには、真っ赤な『99』の文字があった。 「あ、これは!」 中に入ると、御琴は小学生の姿をしていた。こっちが本当の御琴の姿。会うのは二回目だ。 「御琴!」 大人の姿の御琴を呼び捨てにするのは、正直ちょっと緊張するけど、子供の姿なら堂々といえるな。 「びっくりした? 今日はももかが来ると思って、特別にプレートを出しといたのよ」 あっちの大人の姿もステキだけど、自分と近い子供の姿の方が、好き! 「ねえ、聞いて! 旧校舎の一部を壊さないで、残すことにしたんだって!」 「ほんと!?」 「やっぱり前の校長先生がいってくれたのが、よかったみたい」  あのあと、あたしは「三つ目おじいさん」に相談してみた。 「妖怪さんが困ってるんです!」って。  そしたら、すぐに校長室のドアを開けて、今のたぬき校長先生にビシッと一言! 「古きよき伝統を大事にしない者に、教育者の資格はな~い!!」 「ハ、ハイッ!!!」  ますますたぬきみたいに目をまるくした今の校長先生は、旧校舎を何とか残せないか、会議で話し合ったってわけ。 「これで、ろくろ首ちゃんたちもあそこで暮らせるね」 「めでたし、めでたし♡」  その時、ドクの姿が見えないことに気がついた。保健室の中を見回しても、例のてるてる坊主みたいな黒い服は見当たらない。  あ、そうか。ドクはこの前しょうけらさんのケガを治したから、百人の妖怪さんを助けて、もうお願いごとを聞いてもらったんだよね。  だけど……。お別れのあいさつぐらい、してくれたっていいのに。  あたしは、ドクのことは口には出さなかった。いえば、よけいさびしくなっちゃう気がしたから。  それに、そんなことより今は、あたしのことだ。今度こそ、エンマ大王にキチンとお願いをしないと。  あたしは御琴に「エンマ大王を呼びだして」って、いおうとした。 「ねえ、みこ……」 「あらやだ、もうこんな時間。そろそろ支度しないと」 「支度って、何の?」  御琴はあたしの質問に答えない。何だか、ミョーにうれしそうだ。ベッドの方に行くと、カーテンを引っぱって目隠しをした。  しばらくすると……。  シャッ!  いきおいよくカーテンが開いて、そこに立っていたのは……。 「あっ!」  大人の姿になって、真っ黒でテカテカ光っているジャケットに、同じく黒光りしてるパッツパツのホットパンツと、紫色のタイツ。顔は真っ白にぬられてて、目のまわりをグルッと黒いアイシャドウがかこむ。そして、血の色を連想させる真っ赤な口紅……。 「み、御琴、その格好……」 「改めまして。デーモン・レディースのボーカルで、吸血鬼のドラキュリアでぇす☆」  そういって、目元でピースサインを決めた。 「エエエエ~ッ!!!」   ……まさか、御琴がデーモン・レディースのメンバーだったなんて。  ていうか、御琴って吸血鬼だったんだ……。なんか、ナットクというか、あんまり驚かないかも……。 「よそでいわないでね♡ と・く・に、エンマ大王には絶対に!!」  たしかに、バレたら、超めんどくさいことになりそう……。 「ドクにはいつもあたしの生歌をたっぷり聞かせてあげるっていってるのに、なぜか断るのよねえ?」 そういえば……。 最初に会ったとき、ドクは御琴から「ももかを助けないとアレ(・・)するわよ♡」っていわれたから、協力したんだっけ。 御琴がいってた「アレ(・・)」って、生歌のことだったんだ……。 ドクがそんなにいやがる歌って、どんなのだろう。知りたいけど、ちょっと怖い……。 「そうだ、ももか。この格好で出るわけにいかないから、表のプレート、こっちの『先生いません』の方に変えて来てもらっていい?」 「あ、うん」  あたしはドアの外に行って、『99』と書かれたプレートを手に持った。すると急に、ドクのことが頭に浮かんで来た。 ……もう、ドクはいないんだ。少しのあいだだけど、いろんなことがあったな。  ドクってクールにしてるくせに、小さな子みたいなところもあって、かわいかったな。  人間がキライだっていってたけど、これからは、きっと好きになってくれるよね……。  ポタ。 『9』と『9』のあいだに、しずくが落ちた。  ポタ。 もうひとつ、落ちる。  やだなあ。ドクとの思い出の品なのに、ぬれちゃうじゃん。止まってよ。せっかくがまんしてたのに。涙をこぼしたら、本当に……、さびしくなっちゃうじゃん……。  プレートをどけたら、今度は床がしずくでぬれた。ドクの顔が目の前に浮かぶ。 「やっぱり、会いたいなあ……」  あたしはこらえきれず、ドアに頭を押しつけて泣いた。涙が次から次にあふれ出てくる。 「何泣いてるんだ?」  誰なの、こんな時に。 「ほっといてよお……」 「おなかでも痛いのか? オレは、人間はもう治してやらないぞ」 「……え?」  聞き覚えのある声だった。 振り返ると、そこにいたのは……。 「ド、ドク!!」 間違いない。全身黒ずくめの服の、ドクが立っている。 「そこ、どいてくれ。中に入れないだろ」  ドクは保健室のドアから入っていった。 「御琴、その格好は……」 「あ、これは気にしないで♪」  あたしが驚いてるのに、ドクは何くわぬ顔をしている。 「……いったい、どうして?」 「何がだ?」 「だって、百人の妖怪さんを助けたから、お願いごとはもう叶ったんじゃ……」 「それなら、もう少し先にのばすことにした」 「ええ! 何で!?」 「この町には、まだまだたくさんの妖怪がいるからな」 「だって、ドクはお母さんを生き返らせるために……」 「それは、今すぐじゃなくてもできる」  すると御琴が、ドクに声をかけた。 「まったく、素直じゃないわね。はっきりいえばいいのに。百人の妖怪を助けたことと引きかえに、ももかの体を元に戻してもらったって!」 「エエエエ~ッ!!!」  ドク、あたしのお願いを叶えてくれたの……? 「オレはこの町にまだ、オレの力を必要とする妖怪がいると思ったから、そうしただけだ。それに……」 「それに?」  「……一緒にいるうちに、オレにも、ももかのお人好しがうつったみたいだ」 「ドク……」  あたしは、まだこぼれてくる涙をふいていった。 「ありがとう! ドク!」 「う……」  ドクの顔が、みるみる赤く染まっていく。 「どうかしたの?」 「いや別に。ただ、人間にお礼をいわれることに慣れてないから」 「プッ!」  あたしは吹き出した。 「アハハ、ドクってやっぱりかわいいね!」 「笑うな!」  ドクの頭から、キツネの両耳がピコンと立った。 「み、見るな……」  耳をおさえてうずくまる。あたしは笑い過ぎて、すっかり涙が引っこんでしまった。 御琴が、パン! と手を打った。 「そうだ。ももかとまた一緒に、妖怪のお医者さんをやったら?」 「なに!?」 「あ、やりたーい!」  あたしはピンと手をあげた。 「冗談じゃない! オレがももかと組んだのは、しかたなくだ」 「まあ、そういわずにさ。待てよ。あたし元の体に戻ったから、万能薬の力はもうないのかな?」 「なら、ますますダメだ!」 「そのためだったら、もう一回あの薬を飲んでもいいかも!」 「ありえない! 絶対ダメだ!!」 「ドク、これからもよろしくね!」 「断る!!!」 「あ、じゃあ、表のプレートもゼロにしておかないと」 「人の話を聞け~!!」 あたし、絶対にまた、ドクと妖怪のお医者さんをやろう!  その時、ろうかからバタバタ足音が聞こえてきた。ガラッとドアが開く。  水田君が、息を切らしていた。 「神宮寺さん、大変だよ。ウッチャンが『今までの分を取り返す超ウルトラスペシャルトレーニングをやらせる』って、ぼくらを探してる……」 「げげっ!」 「神宮寺~、水田~、どこにいるんだ~?」  ウッチャンの声が聞こえる。 しまった、すっかり忘れてた……。 「ふたりとも、早く逃げなさい! あ、そういえば私もこんな格好だ」  御琴は、ドラキュリアの姿のままだ。 「私もライブに行って来るわ。ドク、あとはよろしくね♡」 「何っ!? 何でオレが!」 「頼んだよ、ドク」 「断る!!」  あたしはドクの言葉を無視して、水田君の手を引っぱった。 「水田君、行こ!」  あたしたちは、校庭側のとびらから飛び出した。 クラスの足オソ代表のあたしたちだけど、この時ばかりは最大限のダッシュ力を発揮したのであった。                              (おわり)
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