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1・ 謎の男子
あたしの名前は神宮寺(じんぐうじ)ももか。真海(しんかい)小学校五年一組。今、地獄にいる。
これを地獄といわずして、なんといったらいいのか……。
だって、だって……
「ピ――――ッ!」
するどい笛の音が、校庭に響きわたった。
「神宮司! 腕をもっと高らかに上げて走れ!」
ウッチャンこと、内村先生はニッと歯を見せて、腕をブンブン前後に振ってる。
「頑張れ~っ! 汗は、心の涙だぞっ!」
のん気なもんだよ。自分は走ってないくせにさ。こっちはさっきから、足は痛くて感覚はないし、ああ、汗がまた口に入った……。
ああっ、サイアク! 本当に地獄だ~っ!!
ここが地獄だと思うと、ヘラヘラ笑ってるウッチャンの顔が、妖怪・化けぞうりに見えてきた。あっ、化けぞうりっていうのは、昔の人が外に行くときにはくぞうりに手足が生えて、大きな目玉と口もあって、ケラケラ笑ってる妖怪さんなんだけど。
あたしは、
「人気アイドルのことや、クラスの○○さんが片思いしてるという噂は、きかれてもわかりません。だけど、好きな妖怪ベスト10ならすぐいえます!」
っていうぐらい、妖怪が好きでさ。今日も帰ったら、きのう買って一気に読んだ妖怪図鑑をもう一回、読み直そうと思ってたのに、それなのに……。放課後にこうして校庭を走ってる。
これというのも運動会で、徒競走なんかあるからいけないんだ。
きのうの帰りの学級会。50メートル走で遅い子が、担任のウッチャンから名前を呼ばれた。13秒を切ったことがないあたしも、もちろんその中に入った。するとウッチャンが
「みんな、放課後スペシャルトレーニングをやろう!」といいだした。
ところがどの子も「私、放課後はピアノのレッスンがあって……」、「塾があって……」、「よそのクラスの子と遊ぶ約束があって」とかいって、着席していった。
ウッチャン、見るからに悲しそうな顔になってくる。最後にあたしを見て、
「神宮寺、もちろん参加してくれるよな!」
ウッチャンはこぶしをにぎりしめ、瞳をメラメラ燃やしてる。う…………。
あたしだって、それなりに忙しいんだけど!
そりゃあ、私はあきっぽいから、習い事なんてすぐやめちゃう。勉強はもはや、親もあきらめる成績。お菓子を食べることと、好きな妖怪の本を読むことにしか興味ないから、いつも学校が終わればソッコーで帰宅。お友達もいませんよ!
……ごめんなさい、忙しくありません。というか、ウッチャンの顔を見たら断れなかった。
だけど、スペシャルトレーニングって、校庭を何周も走らされてるだけじゃん!
「おい、どうした!?」
ウッチャンが、校庭の向こうがわから走ってきた。まずい。キチンと腕振ってますよ~。
ところがウッチャン、あたしの方には見向きもせず、通り過ぎていった。
「えっ?」
振り返ると、水田君が地面に顔をつけて、倒れてる。
「水田君っ!」
水田君はきのうの学級会で、あたしのほかにもうひとり、うまく断れなかった男子。小柄であたし以上に遅くて、さっきから息も上がってた。ちょっと心配してたんだよね。
「大丈夫か、水田?」
あたしもかけよると、水田君はガバッと体を起こした。
「すみません、少し転んだだけですから……」
そういって、体操着の胸についた土をはらった。
「大丈夫ではないです」
ウッチャンではない声がした。男の子のような、女の子のような……。
振り向くと、そこに立っていたのは、きれいな顔立ちの男子だ。あたしと同じ年くらい。だけど、見かけたこともない。こんな子、五年にいたっけ?
いや、それより気になったのが、着ている服。
全身をゆったりとレインコートのように包む黒い布。まるで、てるてる坊主みたい。顔の部分だけ出している。そこにあったのは、ぱっちりしてるけど、するどい目。グッと引きしまった口元は、どこか冷たそうな印象だ。ひたいに二本ピッとたれた前髪の右半分は銀色で、左半分は赤色。黒い手袋をつけた手には黒いカバンを持っていて、靴まで真っ黒だ。
「き、君は何組だ?」
ウッチャンが驚いた表情でいった。
「そんなことより、今はその子のことです」
すると、その男子が水田君のそばにかがみこむ。
「……これはいけない、すぐに手当てしないと」
そういって、水田君の足を指さした。
「ひいっ!」「きゃっ!」
水田君の片方のひざは、紫色にはれ上がり、血の筋が何本も太ももに流れてる。
「すぐに保健室に連れて行かないと」
「わ、わかった」
「ウッチャン、あたしが連れて行くよ。保健委員だから!」
クラスで委員を決めるとき、保健委員だけなかなか決まらなかった。そしたら隣の席の女子が「神宮寺さんがいいと思います。優しいから」といった。他の子も拍手する。
みんな自分以外だったら、誰でもいいんじゃん!
「どうだ、神宮寺?」と、ウッチャンがいう。実はその日、見たい妖怪のアニメが始まりそうだったから、早く帰りたくて「やります」といってしまった。
だけど今では、やってよかったと思ってる。だって、具合の悪い人が出たとき、保健室に連れてく役目って、ちょっとカッコイイから。
「たのんだぞ、神宮寺!」
「大丈夫、水田君? あたしにつかまって」
水田君の腕を自分の肩に回して、歩き出す。
急がないと。あたしは保健室へ向かった。謎の男子も、なぜかついてきた。
いったい、あなた誰なの!?
保健室の入口のドアには、紙で作ったプレートがかけてあった。
『99』
真っ赤な文字で大きく、それだけ書いてある。
あれ? おかしいな。いつもは『先生います』とか『先生はいま、〇〇にいます』とか、書いてあったと思うけど……。ひょっとして、保健室だから『99』で「キューキュー(救急)」ってダジャレだったりして。いや、まさかね……。いけない! 今はそんなことより水田君の方が大切だ。
「せんせーい!」
白衣を服の上に着た保健の先生が、こっちを振り向いた。
……………………あれ?
保健の先生って、こんな感じだっけ? たしか、先月から新しい先生になったんだよね。
名前は、稲生(いのう)御琴(みこと)先生。
すごくきりっとした美人の先生だ。だけど、いつもと感じがちがう……。
「どうかしたのかしら?」
あっ! そんなこといってる場合じゃない。
「水田君が足をケガして……」
御琴先生は水田君を、チラッと見た。そして、ベッドの上に座らせるようにいった。
「連れて来てくれて、どうもありがとう。もう帰っていいわよ」
「あ、はい……」
先生は、たなを開けて何かを探している。その後ろ姿をジッと観察する。
やっぱり、前に見た時と違う。何ていうか……。
「あら、どうかしたの?」
「あ、いえ、その……。先生、ずいぶん若いなと思って……」
「あら、うれしいこといってくれるわね」
先生は得意そうに、金色でウェーブのかかった肩までの髪をかき上げた。
「あ、そういう意味じゃなくて……。まるで子供みたいな……」
おそるおそるいった。だけど本当に御琴先生ってば、あたしより少し大人っぽいくらいにしか見えない。せいぜい六年生くらいだ。前に見たときは、普通に大人だったような……。
すると先生、目をまるくしてあたしを見た。
「あなた、私が子供に見えるっていうの?」
御琴先生が、あたしの両腕をガシッとにぎった。
「すいません……」
いくら若いっていっても、子供っていわれたらうれしくないよね……。
「ううん、そうじゃなくて。あなたスゴイわよ?」
ハイッ!?
「やっぱり、ここにいて!」
御琴先生は、あたしを強引にいすに座らせた。
え? え? どういうこと!?
「そこのおかし、食べてていいから!」
えっ!! お、おかし!?
机の上の小さなバスケットの中に、チョコとかクッキーとかアメがたくさん……。あっという間によだれ、いやいや、つばが口の中を満たした。トレーニングでヘトヘトで、ただ今絶賛エネルギー募集中なんだよね……。
……じゃあさっそく、いただきま~す♪ 手近にあるキャンディーの包み紙をとった。
その時だ。
「御琴。オレが治していいか?」
あ、まだいる。謎の黒づくめの男子。しかも今、先生を『御琴』って呼び捨てにした!?
「ドク。来てたの? どうぞ」
ドク? 日本語しゃべってるけど、外国人なのかな……。
ズカズカと保健室に入って来る。
ちょっと! 真っ黒な靴、はいたまんまじゃん!? んっ? 待てよ……。
「今、『オレが治す』とかいわなかった?」
ドクと呼ばれた男子は、あたしを見た。するどくて、冷たそうな視線。
「いった。オレは、妖怪の医者だからな」
………………え? よ、妖怪の医者ぁ?
すると、座っている水田君のひざの傷にさわった。
スッポン!
え? 傷が、とれた???
あとには、きれいなひざ小僧があるだけだ。
「これは、オレがくっつけたニセモノだ」
ええええ~っ!
ニ、ニセモノって……。
「じゃ、じゃあ、あたしたちをだましたってこと?」
「しかたないことだ。そうでもしなきゃ、連れて行けなかっただろ?」
ドクは、水田君の頭のてっぺんをつかんだ。
「こいつが倒れたのは、別に原因がある」
そういうと、水田君の髪の毛をバッとはがした!
ちょ、ちょっと、何してんのっ!!
その下に現れたのは、平べったくてツルツルの頭……ていうか、お皿みたい……。
「やっぱり。頭の皿が乾いて、体力がなくなったんだ」
ドクは、黒いカバンからペットボトルの水を出した。ふたをとって頭の上にバシャバシャそそぎかける。とたんに水田君は、温泉にでもつかったような気持ちよさげの表情に。
「はぁ~っ、生き返った~」
頭にお皿を乗っけてて、水をそそいだら元気になるなんて。これじゃ、まるで、家にある妖怪図鑑で見たアレにそっくりだ……。
「まったく。自分がカッパであることを忘れて、ムチャするからだ」
「そう! カッパだ! ……て、」
水田君って、カ、カ、カッパだったの?
水田君は、お皿が乗った頭をポリポリかいた。
「エヘヘ、ごめんなさい」
「カッパさんって、本当にいたんだ……」
びっくりしたあと、本物の妖怪さんに会えた感動がこみ上げて来て、立ったまま動けなくなってしまった。
「そんなに驚かなくても。あなただって、妖怪は見たことあるんでしょ?」
御琴先生がいった。
いやいや!!
「そんなの、今まで見たことないから!」
「あら? 変ねえ。それだけ妖力が強ければ、妖怪ぐらい会ってると思ったのに……」
「妖力が強い? あたしが?」
「私は今、妖力で大人の姿に化けてるのよ? だけど、真の子供の姿に見えるってことは、妖力が強いからでしょ?」
真の子供の姿? これが、稲生御琴先生の本当の姿ってことなの?
すると、ドクが口を開いた。
「御琴。ひょっとして、ドアのプレートを元に戻してないんじゃないか?」
「え? あら、しまった!」
御琴先生はあわててドアの外に出ると、ピシャリと自分のおでこをはたいた。
「あちゃ~。すっかり忘れてた~」
御琴先生はプレートをはずすと、急いで『先生います』のプレートにつけかえた。保健室の中に入ってきた御琴先生は、いつもの大人の姿になっていた。
「ええええ~っ!」
「『先生います』のプレートを出している時は、妖力が効いているから、私の姿は大人に見えるの。だけど夜になったら、こっちの『99』のプレートを出して、ここは妖怪の保健室になるってわけ」
「妖怪の保健室?」
「そう! 病気やケガをした妖怪たちを診察してるの。今みたいに、昼間に急に患者がくることもあるけどね」
「で、きのうの夜、プレートを変えたまま忘れてたってわけか」
ドクがため息をついた。
「エヘヘ、うっかり、うっかり」
「いつものことだろ……」
するとドクは、今まで以上に冷たい視線をあたしに送った。
「さ、わかったら、部外者は出てってくれ」
ムカッ。イヤな感じ! だいたい、さっきから先生にも態度悪いし。
「そういわれると、出てく気しないんですけど」
それに「妖怪の保健室」って、
「好きな妖怪ベスト10ならすぐいえます!」の、あたしにはかなり面白そうだし。
ドクが、またもやため息。
「まあいい。オレは御琴に、例の物さえもらえばいいから」
「アレね。ちょっと待って」
よし、こうなったら「アレ」が何なのか、見てやろう。
ところが次の瞬間。そんなこと、どうでもよくなる出来事が起きた。
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