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2・ 妖怪のお医者さん!?
ガラッ!
突然、校庭側のとびらが開いた。体育や休み時間のあいだにケガした生徒がすぐ入って来られるよう、校庭に面したとびらがある。そこから入って来たのは……。
「お、お地蔵様!?」
どっからどう見ても、石でできたお地蔵様だ。背の高さは、あたしの腰くらい。まるい顔をして、赤ちゃんみたいな赤いよだれかけをかけている。だけど様子が変だ。お地蔵様って笑顔のイメージあるけど、苦しそうにゆがんだ表情。
「うう、痛い……」
え! しゃべった!?
お地蔵様は足元がフラフラして、今にも倒れそうだ。
ドクが、すぐにお地蔵様にかけよる。
「どうした? どこが痛いんだ?」
そうか。お医者さんだっていってたもんね。
「おなかが、痛い……」
「待ってろ。すぐに薬を用意する」
ドクはカバンを開けて、中を探し出した。
「まずい、こんな時に薬を切らしてる!」
「待ってて。薬ならあるわ」
御琴先生が、たなの引き出しを開けた。
「あれ? おかしいわね。たしか、ここにしまったはずだけど……」
引き出しからは、包帯、ばんそうこう、消毒液、体温計……、いろんな物が出てきた。
だけど、薬はいつまでたっても見つからない。ちょっとのぞくと、引き出しの中がぐちゃぐちゃだ。あれじゃ当分、発見できそうにない。
そうしてるあいだにも、お地蔵様の石でできた顔がみるみる青ざめていく。
なんだか、本当にヤバそう……。
「ううっ」
お地蔵様が、おなかをおさえて倒れこんだ。
「危ない!!」
あたしは、あわてて体を支えた。
「う、重い……」
どうにか床に倒れるのだけはふせいだけど、やっぱり石の体だ。ズッシリと、腕に重さがのしかかる。
「貸せ!」
ドクが、お地蔵様の足元を持った。
「ちょっと、乱暴にしないでよ。具合悪そうなんだから」
「わかってる。『いちにの、さん』で持ち上げるぞ。いちにの……さん!」
あたしたちはお地蔵様を、あいているもう一台のベッドの上に寝かせた。
「御琴、薬はまだか!?」
「わかってるわよ。ええと……」
引き出しからは、わけのわからない物体がでてきた。
「ええと、これはヘビのぬけがら。これはカエルの干物。これはイモリの黒焼き……」
あんなの、何に使うんだろう……。
お地蔵様の顔は、相変わらず苦しそうだ。
「ううう……」
かわいそう……。どうにかしてあげられないかな。
その時、突然頭の中にある光景が出てきた。
あたしのお母さんは、看護師さんをしている。
一年生のころ、おなかを壊して、お母さんがつとめてる病院にいったことがある。
お母さんは朝あたしが起きる前に仕事に行ったり、週に何回かは夜中一晩中働いている。だから学校の行事には、全然来てくれない。あたしが具合悪いからって急に休むことだってできない。だけど、あたしはいやじゃなかった。責任ある仕事をしてるって思ってたから。
病院のソファーの上に座って呼ばれるのを待っていたら、車いすを押している女の人がやって来た。車いすに乗っていたのはあたしより小さな、幼稚園ぐらいの男の子。そばに点滴のチューブがぶら下がっていて、一目見て「重い病気なんだ」ってわかった。
押していた女の人が、男の子にいった。
「ちょっとここで待っててね」
そういって、離れて行った。
しばらくすると、男の子の顔が苦しそうにゆがんだ。背中をまるめて、おなかをおさえている。
「ね、ねえ。大丈夫?」
思わず近づくと、ひたいにジットリと汗までかいていた。
「うん、平気。いつものことだから……」
だけど、苦しそうだ。どうしよう。さっきの女の人、呼んで来た方がいいのかな? でも、どこに行ったかわからないし……。
その時、白衣を着た女の人がサッと来て、男の子の前にかがんだ。
「お母さん!」
あたしのお母さんが、男の子に声をかける。
「大丈夫?」
「うん、平気……」
「えらいわね」
そういうと、お母さんは手を出して、男の子のパジャマのおなかにその手を当てた。
「痛いの痛いの、飛んでけ~!」
すると、男の子の苦しそうな顔が少しやわらいだ。
「ありがとう……」
そこへ女の人が戻ってきた。あわてていたので、お母さんが「もう大丈夫だと思います」と、落ち着いて説明していた。女の人も納得したみたいだ。男の子の車いすを押しながら、行ってしまった。
お母さんが、あたしの方を向いた。
「ももか、おなかは大丈夫?」
「うん、大丈夫」
ほんとは、少し痛かった。お母さんが、今度はあたしのおなかに手をそっと当てた。そして、何度も優しくさすってくれた。
あったかいな……。
お母さんの手になでられていたら、不思議とだんだん痛みがなくなってきた。さっきの男の子も、そうだったんだ。その時のあたしには、まるで魔法を使っているように見えた。
「お母さん。看護師さんだから、痛くなくなるさわり方を知ってるの?」
お母さんは首を振って、いった。
「人間の手には、不思議な力があるの。誰でもできるものなのよ」
「あたしにも、できるの?」
お母さんはほほえんで、「もちろん」といった。
薬も何も使わなくても人を楽にしてあげられるなんて、スゴイと思った。
あたしも看護師さんになったら、誰かをあんな風に助けてあげられるのかな……。
人間の手には、不思議な力がある。ただ手でさわるだけでも、誰かの痛みをとることができるんだ。
……あたしは自分の手を出した。そっと、お地蔵様のおなかの上に置く。
「痛いの痛いの、飛んでけ~!」
その時だ。あたしの手が、急に青くかがやく光をはなった。
「え! 何これ!?」
お地蔵様のおなかが、青い光に包まれる。ドクは目をまるくしている。御琴先生は、せっかく見つけた薬のびんを落とした。
光はすぐにおさまった。すると苦しそうにとじていたお地蔵様の目が、パチッと開いた。
「……あれ? 痛くなくなった」
「……うそ」
「そんなバカな!」
ドクが、お地蔵様のおなかをさわる。
「信じられない……。お前、いったい何をしたんだ!?」
「あ、あたしにも、何がなんだか……」
「ああああ~!!」
御琴先生が、謎の叫び声を上げた。振り向くと、おかしのバスケットを手に持ったまま、ぼうぜんとしている。
「ひょっとして、このキャンディーみたいなの、食べた……?」
机の上には、キャンディーの包み紙が置いてある。
「うん。先生が『食べていい』っていったから……」
「ああああ~っ!!!」
今度は、ドクの叫び声。キャンディーの包み紙を手にとった。
「これは、キャンディーじゃない……」
「え? だって普通においしかったけど。キャンディーじゃなけりゃ、なんなの?」
「これは、妖怪用の万能薬だ!」
「万能薬?」
「なんでも治せる薬だ!」
「これを食べたから、今さわっただけで、痛みをとることができたのね」
御琴先生が、包み紙を見ながらいった。
「そうだ。つまり……」
ドクは、あたしを真っすぐ指さした。
「お前自身が、万能薬と同じ力を身につけたってことだ!」
……そ、それって、なんかスゴイことになっちゃったのかも。
すると、いきなりドクがあたしにつめよった。
「どうしてくれるんだ! あれが今、日本にある最後の一個なんだぞ!」
「そんなこといわれたって、もう食べちゃったし……」
「待てよ。そもそも、なんであの万能薬が、おかしと一緒に入ってたんだ?」
御琴先生は「あ」と短くいった。
「キャンディーに似てたから、どうもうっかり、まちがえて入れちゃってたみたい……」
そういって、頭をポリポリかく。
御琴先生。さっきから「うっかり」多すぎじゃない……?
ドクは、怒りがおさまらないようだ。
「返せーっ!」
「そんな、ムチャいわないでよ」
「いいや、ムチャじゃない。早く返せ!」
その時、ドクの頭の上に黄金色の毛でフサフサした三角の耳が、二本ピョコンと立った。
「……何、それ?」
「ハッ!! み、見るな!」
ドクは顔と耳を真っ赤にした。耳を隠すと、保健室のすみにうずくまってしまった。
御琴先生が、ゲラゲラと笑いだす。
「わ、笑うな!」
「ごめん、ごめん。実はドク、正体は化けキツネなの」
「ええっ、化けキツネ!」
それって、人間に化けて人を驚かす妖怪だよね……。
「人間に化けるのは得意なんだけど、怒ると、ああして耳が立つのよね」
「もういい。オレは帰る……」
ドクは立ち上がって、保健室から出て行こうとした。
「ちょっと待ってよ。あたしはどうなるの?」
体が、変なことになったままなんですけど!?
「そんなの、オレの知ったことじゃない」
「それが心配なのよね。何しろ万能薬を飲みこんだ人間なんて、聞いたことないから。これからどんな副作用があるか……」
「ふ、副作用って、どんな……」
「まあ、だいたい想像はつく。人間が、妖怪用の万能薬の力にたえられるわけがない。今はよくても、そのうち体が爆発してしまうだろうな」
え、えええええええ~っ!! か、体が、爆発ぅぅ!!!
「い、い、いつ爆発するの!?」
「さあ、一年後くらいじゃないか?」
「い、一年後!? そんな……」
てことは、あたしは六年生で死んじゃうってこと? 卒業式の前に!? 頭の中に、自分の体が爆発する光景が見えた……。
「ぜ~ったい、ヤダッ!! そんなの!!」
あたしは、御琴先生に泣きついた。
「先生、なんとかして! 死にたくない!」
ドクはおかまいなしに、帰ろうとする。
「そんな物を食べたお前が悪いんだ。あきらめろ」
「まあ、そういわないであげてよ。こんなところに薬を入れておいた、私にも責任があるんだしさ」
そ、そうだよ! 先生には悪いけど、あたしは「食べていいよ」っていったおかしを食べただけなんだからね!
「ドク。ここは私の顔にめんじて、なんとかしてあげられない?」
御琴先生が、顔の前で手を合わせた。
「いやだね。なんでオレが、人間なんか助けてやらなきゃいけないんだ。オレは人間がキライなんだ」
……こんなに困ってるのに、冷たい。
「イジワルいわないで、協力してあげなさいよ。でないと、またアレ(・・)するわよ♡」
その瞬間、ドクの体がビクッとふるえた。顔が怖そうにひきつっている。
「ア、アレ(・・)……」
「そう、アレ(・・)♡」
アレって、何だろう?
「ま、まあ、方法がまったくないわけじゃない」
「そうなの? 教えて! なんでもするから!」
「本当に、なんでもするな」
ドクの目が、急にするどさを増した。
「……う、うん。助かるためだったら」
「なら、妖怪の医者になることだな」
「あたしが、妖怪のお医者さんに!?」
ドクがうなずいた。
「地獄のエンマ大王だったら、何とかしてくれるかも知れない。だがエンマ大王はプライドが高くて、人間の願いなんか聞いてくれない。だけど妖怪の医者になって、たくさんの妖怪を助ければ、聞いてくれる可能性はある」
「だけど、あたしにお医者さんなんて……。しかも、妖怪の」
お医者さんって、すっごく難しい勉強して、大学の医学部っていうところに合格しないとなれないんでしょ?
「妖怪のお医者さんなら、子供でもなれるわよ。ドクも人間でいえば、ももかと同じ10歳だし」
……ずいぶんえらそうだけど、年同じだったんだ。
「いいか? 人間が妖怪の医者になるなんて聞いたことないが、お前には幸か不幸か、大きな武器がある。さっきの力だ」
そうだ。万能薬を飲んだあたしには、妖怪の病気を治す力が身についたんだ……。
「どうやら、話は決まったようね」
「ああ。まったく気が進まないが、オレの助手くらいならお前を使ってやってもいい」
なんだか、スゴイ上から目線のいい方だな。
「あたし、『お前』じゃなくて、『神宮寺ももか』っていう名前があるんだけど」
「そうか。なら……」
ドクはまた、あたしを真っすぐ指さした。
「ももかは今日から、妖怪の医者だ!」
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