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3・ 校長室の化けだぬき!?
カッパの水田君は、たくさん走ってつかれたのか、ベッドの上でスヤスヤ眠っている。お地蔵様も、すっかり元気になったみたいだ。
「だけど、どうして急におなかが痛くなったんだ?」
ドクが、お地蔵様にたずねた。
「実は、おいらは町はずれのお寺の前にいつも立ってるんだけど、けさ起きたら、目の前におまんじゅうが置いてあって……」
「それって、お供え物ってこと?」
お寺なら、あたしも知ってる。たまに町に住んでるおじいちゃんやおばあちゃんが、食べ物やおかしをお供えしてるみたいだ。
「おいらも寝てる間に誰かがくれたと思ったんだ。それで食べたら、急におなかが痛くなって来て」
「それは、たぶん、おまんじゅうがくさってたんだな」
「だけど、変じゃない? 供えたばかりのおまんじゅうがくさってるなんて」
「簡単な話だ。はじめから、くさったおまんじゅうを供えたんだ」
「ひどい! お地蔵様に、くさったおまんじゅうをあげるなんて」
「いったい、誰がそんないたずらをしたのかしら?」
御琴先生がいった。
その時だ。もうひとつのベッドの方から、声が聞こえた。
「いたずら……」
「あ、水田君。起きたの?」
水田君は、ベッドから体を起こした。
「いたずらといえば、最近ぼくが住む池にも、よく石を投げこんでくるやつがいるんだ」
「水田君が住む池って、校舎の裏にある池よね?」
「え! 水田君って、あの池の中に住んでるの?」
たしか、あの池にはコイが棲んでいて、校長先生がエサをあげてるのを前に見た。
「ぼくはコイのじゃまにならないように、池の奥深くに穴を掘って暮らしてるんだ。投げこまれた石が、コイにぶつかったら大変でしょ? だから、あわてて池の外に出てみるんだけど、いつも誰もいなくて……」
水田君は、体操着のポケットから石を取り出した。
「いつか犯人をつかまえてやろうと思って、投げこまれた石を持ってるんだよ」
くさったおまんじゅうに、池に投げこまれた石。まったく、この町にいたずらをする人間がそんなに何人もいるなんて。
「ねえ。あたしたちで、いたずらの犯人をつかまえてやろうよ」
「断る!」
ドクは、きっぱりといった。
「どうして?」
「オレは妖怪の医者だ。いたずらの犯人をつかまえるのが、仕事じゃない」
「だけど、このままにしとくわけにいかないでしょ?」
「オレは、ももかみたいなお人好しじゃないんだ」
そういって、向こうを向いてしまった。
「ケチ!」
「なに? 誰がケチだ!」
ピコン! ドクの頭の上に三角の耳が二本立った。とたんに、顔と耳が真っ赤に染まる。
「み、見るな……」
耳をおさえて、すみっこにしゃがみこむ。
「何か、前に見たな、この流れ……」
振り返ったドクは、ものすご~く気まずい顔をしていた。
「し、しかたない。ケチとまでいわれたら、黙っていられない」
「協力してくれるの?」
「協力はしない」
ガ、ガンコ者……。
「ひとつだけ、いいことを教えてやる。そこにある石についている物は、何だ?」
「え?」
水田君が持ってる石をよく見ると、黒くてやわらかいかたまりがくっついていた。
「何、これ?」
「見せてみて」
御琴先生が自分の指につけて、クンクンにおいをかいでみた。
「これ、あんこだわ!」
あんこって、おまんじゅうとかの中に入ってる? ん? おまんじゅう? 待てよ。石にあんこがついてるってことは……。
「ひょっとして、おまんじゅうをお供えした犯人と、池に石を投げこんだ犯人は一緒!?」
「そこから先は、自分たちで探せ」
ドクは大きなあくびをすると、出ていこうとした。
「ちょっと待った!」
御琴先生がいった。
「このあんこから、ほんのかすかだけど妖気を感じるわ」
「妖気? 先生、それって……」
「つまり、妖怪がさわった物よ」
「カッパがさわったからじゃないのか?」
「いいえ、それとは違う」
御琴先生は、指先のあんこをじっと見つめると、いった。
「しかもこの妖気、よどんでいるわ。妖気がよどんでいるのは、その妖怪が、病気かケガをしている証拠よ」
「つまり……」
「いたずらの犯人は妖怪で、しかも、病気かケガをしているってことね」
御琴先生は、ドクの方を見た。
「どう? これで、あなたの出番になったんじゃない?」
「くっ……、行くぞ」
ドクは真っ黒な服をひるがえして、保健室から出ていった。御琴先生があたしの方を見て、小さくピースサインをする。
「先生、ありがとう!」
「それはそうと、ももか。妖怪のお医者さんになるなら、その格好はナシじゃない?」
「え? あ!」
すっかり忘れてた。放課後スペシャルトレーニングのために、体操服を着たままだった。
「ちょっと待ってて」
先生は、金属でできたロッカーのとびらを開けた。
「ええと……、あった、あった!」
先生が取り出したのは、子供サイズのお洋服。外国のメイドさんが着るような、白くて前にフリルのついたシャツ。それと、赤いタータンチェックのキュロット。
「かわいい!♡♡♡」
「女子の妖怪のお医者さんの能力を一番高めるのは、上が白、下が赤なのよ。神社にいる、巫女さんは見たことある?」
「巫女さんって、お正月に初もうでに行くと、お守りとかを売ってるお姉さんだよね?」
「本当は、『巫女』は神様につかえる女性のことよ。昔は巫女さんが、妖怪のお医者さんをやってたの。今でも彼女たちが上に白い着物、下に赤い緋袴を身につけてるのは、そのころのなごりね」
「そうなんだ~」
「いつか、私に弟子ができたら着せたいなって思ってたんだけど、ももかにプレゼントするわね。ちなみに、私も妖怪のお医者さんだから……」
先生が白衣の前をバッと広げると、たしかに、白いシャツに真っ赤なひざたけのスカートをはいている。
「ねっ!」
「うん! じゃあ、これに着替えるね!」
その時ドアの外から、ドクの声が聞こえてきた。
「おい、何してるんだ? さっさと行くぞ」
「今、レディーの着替え中よ! 開けたりしたら、アレ(・・)だからね!」
先生がドアをおさえながらいった。
「うっ、わ、わかった……」
「さあ、あなたたちも元気になったんだから、外で待ってなさい!」
先生は、水田君とお地蔵様の背中を押して追い出した。
あたしは、御琴先生からもらったお洋服に着替えた。やっぱり、かわいい!
「それから、これはオマケね♡」
先生は、真っ赤なリボンであたしの髪を後ろで結んでくれた。いつもは、カチューシャとかヘアピンくらいしかつけないんだけど、こっちの方がいいな。
「ありがとう、御琴先生!」
「それからその先生っての、やめにしない?」
「え? じゃあ、何て呼べば?」
「御琴でいいわよ」
ええ! それって、ドクと同じように呼び捨てにしろってこと!?
「どうも先生って呼ばれるのは、慣れなくてね。お願い♡」
「……わかった。じゃあ……、御琴?」
「OK!」
御琴はニコッと笑うと、二本の指でマルを作った。
お地蔵様は「あんまり留守にしてると騒ぎになるから」といって、お寺に帰って行った。
たしかに、お地蔵様が急にいなくなったら、大変だもんね。
別れる時、笑顔でいわれた。
「ももかお姉ちゃん、治してくれてありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして!」
お礼をいわれると、胸の中に温かい気持ちがじんわり広がった。お地蔵様ってえらい感じがするけど、しゃべってみるとあたしより、かなりちっちゃい子って感じ。
「あ、それから、体が爆発しないように頑張ってね!!」
「うっ……」
「どうしたの?」
「なんでもない……、ありがとうね」
できれば温かい気持ちのまま、別れさせてほしかったな……。
御琴が保健室のドアに『先生はでかけています』のプレートを出すと、あたしたちは校舎の裏の池に向かった。
池はあたしの教室ぐらいの大きさで、まわりを石に囲まれてる。中にはきれいな模様のコイが、何匹も泳いでいた。高い木が何本も立っていて、昼間でもうす暗い。校舎の裏にくる人はめったにいないから、あたりは静かだ。
「水田君。石はどっちの方から投げこまれたか、わかる?」
「うん。ちょうど、このへんからだね」
水田君は、自分が立っている地面をさした。池の前には、土をかためた道が横にのびている。今あたしたちは、校庭の方からこの道を通ってやってきた。先に行くと、学校の裏門に出られる。あたしたちの後ろは、校舎のかべで進むことはできない。
「犯人は石を投げたあと、校庭と裏門の方、どっちかに逃げたことになるね」
「でも、あっちの裏門の方には行ってないよ」
「どうして?」
「石が投げられた時、急いで池から飛び出して追いかけたんだ。裏門の方に行ったら、誰もいなくて、門もしまってカギがかかっていた」
「てことは、校庭の方に逃げたんだね」
「誰か、他に目撃者を探す必要があるな」
「目撃者っていっても、こっちの方にはほとんど人が来ないよ……。あ、そうだ!」
「何か気がついたの?」
「この池のコイに、校長先生がエサをあげてるのを前に見た。校長先生なら、なにか知ってるかも!」
校長室までやって来た。職員室なら入ったことあるけど、校長室は初めてだ。中がどうなってるかもわからないし、緊張するな……。
「私がいるから大丈夫よ」
御琴はドアをノックした。
「はい」
校長先生の声がする。
「養護教諭の稲生です。失礼します」
保健の先生って、『ようごきょうゆ』っていうんだ。
御琴に続いて、あたしたちは中に入った。校長室は、真ん中に大きなテーブルがドカンとあって、両側にソファーが置いてある。その奥には机があって、校長先生が、フカフカして高そうないすに座っていた。ぷっくりと太っていて「いつも難しいこと考えてます」みたいな、気難しい顔をしてる。
「実は、この子たちが聞きたいことがあるそうで……」
校長先生がまるい目をジロリッと、あたしたちに向けた。一瞬ドキッとする。
「何かな? 私も忙しいんだけどね」
あんまり、歓迎はされてない感じだね……。
「あの、校舎の裏にある池に最近、誰かが石を投げこんでいるみたいなんです。なにか知りませんか?」
「ああ、実は私もこの前、コイにエサをやろうと池に向かっていると、『ボチャン!』と、何かが水に落ちる音がしたんだ。あわてて行ったけど、誰もいなかったな。そしたら、反対側から、そこにいる……ええと、水田君が歩いて来たんだ」
校長先生は、水田君の体操着についてる名札を見ながらいった。
「裏門から戻って来たら、校長先生の姿が見えたから、あわてて人間に化けたんだ」
水田君が、小声であたしに教えてくれた。
「ええと、その時校長先生は、校庭の方から行ったんですよね?」
「ああ、そうだけど?」
あそこには、他に道はない。てことは、犯人は校庭の方にも裏門の方にも行ってないってことになるけど……、おかしいな?
「まったく誰かいたずらしてるんなら、やめてもらいたいもんだ」
……その時、あたしは突然気がついた。
校長先生って、たぬきに似てる! 体型といい、まんまるい顔といい……。いつも朝礼の時は、はるか前の方のステージにいるけど、近くで見るとたぬきソックリ! ドクは化けキツネだけど、校長先生はまるで化けだぬきだ。
「プフウッ!」
思わず吹き出した。まずい、こんなところで笑っちゃいけない……。あたしは必死の思いでおしりをつねって、笑いをこらえた。ダ、ダメだ。笑うな、神宮寺ももか!
だけど、笑っちゃダメだと思えば思うほど、口元がゆるんできた。落ちつけ……! 何でもいい、別のことを考えなくちゃ。
あたしは、校長先生の後ろのかべにかかってる写真をながめた。たくさんのおじさんや、おじいさんの顔が並んでいる。これって、今までの校長先生の写真だよね?
こうして見ると、いろんな顔の先生がいるな。あの先生はツルにそっくりだし、その隣はカバに似てる。あっちなんて、真っ白いひげを長~く生やしてて、ヤギみたいに見える。
ツルにカバに、白いひげを生やしたヤギ……。
「ブプーッ!!」
ダメだ……、ますますおかしくなってきた……。
「君はさっきから下を向いてるけど、具合でも悪いのか?」
マズい! 気づかれた。
「いっておくが、オレは人間は治してやらないぞ。人間がキライだからな」
ドク! よけいなこといわないで! 今、必死なんだから~。
「い、いえ……、大丈夫です。もう帰ります……」
ふう、なんとか校長室から脱出することができた。
「だけど、犯人は池から、どっちの方向にも逃げてないってことになるよね? まるで透明人間だよ」
「フッハハハハ!」
突然、ドクが大きな声で笑い出した。
「な、何なの、急に!?」
まさかドクも校長先生の顔が、化けだぬきに見えたとか!? ハハ、まさかね……。
「あまりにも簡単な話で悩んでるももかが、おかしくなってな」
ムッ! イヤないい方!
「じゃあ、犯人がわかったっていうの?」
「ああ。どっちの方角にも逃げてないとなったら、答えはひとつだ。犯人は、走って逃げたんじゃない。上に逃げたんだ」
「上?」
「池のまわりには、高い木が何本も立ってるだろ? 木の上に逃げたんだよ」
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