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4・ 木の上の犯人!
あたしたちは池の前に戻って来た。たしかに、まわりには高い木が立っている。犯人の妖怪さんは、この中のどこかにいるんだ。
「かたっぱしから、調べてみるしかないな」
調べるって、この高い木の上を? だけど、行くしかないよね。いたずらの犯人もつかまえなきゃだけど、妖怪さんは今も苦しんでるんだから。早く治してあげないと。
よ~し!!
一番そばにあった木の幹に、両手両足で思いっきりしがみついた。
「ちょっと、ももか。木登りなんかできるの?」
「やったことない。だけど、やってみる!」
息を整え、腕にぐっと力をこめる。
「えいやああああー!」
…………ズルズルズルズル。
気合とは逆に、体はどんどん地面の方に下がっていく。
「ダ、ダメだ……」
ドクが白けた目で、あたしを見てる。
「……何度もいうが、もしケガしてもオレは治してやらないぞ。人間がキライだからな」
う~。今そんなこと、いわなくていいじゃん。ただでさえ恥ずかしいんだから!
「妖怪を呼ぶ時は、こうするんだよ」
ドクはそばにあった草むらから葉っぱを一枚ちぎると、くちびるに当てた。
ピイィィィィ。かすかに笛のような音がする。
すると、頭の上からガサガサという音がして、何かが木の葉のあいだから飛んで出てきた。地面に降り立つと、小学校一年生くらいの背たけ。真っ赤な顔をして、真っ赤で大きく前にのびてる鼻。黒いあごひげを生やして、真っ白な着物を着てる。足には下駄をはいていた。
「うそ……、天狗だ!!」
ウチの学校、カッパだけじゃなくて、天狗までいたの!?
「天狗さんって山の中、それも奥深~い場所に住んでるはずじゃ……」
「最近は便利だから、町の中に住む天狗も多いのよ」
「ふあ~あ、何じゃ、せっかく居眠りしておったのに……」
「おい、天狗!」
ドクが天狗さんの頭を、ガシっとわしづかみ! 無理やり自分の方を向かせた。
「くさったお供え物をしたり、池に石を投げこんだのはお前か?」
「……ふ、ふん。だからどうした、わしの勝手だろ!」
やっぱり、いたずらの犯人だったんだ。
「どーしたもこーしたも、おかげでこっちはお前を探すためにさんざん……」
「待って、ドク。悪いところを治してあげるのが先だよ」
ドクは不満そうな顔をしたまま、天狗さんの頭から手をはなした。
「……まったく、このお人好しめ」
ドクが天狗さんの前で、ひざをついた。
「それで、いったいどこが悪いんだ? 見せてみろ」
「ふん! どこも悪いところなんか、ないわい!」
天狗さんは、そっぽを向いてしまった。
「そんなはずない。早く見せろ」
「だから、どこも悪くないといっておるだろ!」
「強情だな! いいから早く治療させろ!」
ああ~、なんかケンカになってる~。このままじゃ来た意味ないよ。
「ふたりとも、落ちつきなさいよ」
御琴が止めに入った。
「ねえ、天狗さん。私たち、あなたを助けにきたの。どこか悪いところがあれば、見せてくれない?」
「ふん、よけいなお世話じゃ!」
困ったなあ……。これじゃ、ちっとも解決しないよ。
その時、あることに気がついた。
「ん? ちょっと見せて!」
天狗さんの着物を、おなかのところからまくってみる。
「な、何をしてるんじゃ!」
「やっぱり。こんなにはれてる!」
おなかも真っ赤でわかりにくいけど、真ん中がプクッとふくらんで、はれている。おへそが出てるけど、その上にもう一個おへそがあるみたい。
「こ、これは、この前、木の上で昼寝してたら、ハチにさされたんじゃ」
そうだったんだ。
「こんなにはれてたら、痛いよね。そりゃイライラもするよ」
あたしは、天狗さんのおなかにそっと手を当てた。
「な、何じゃ?」
ポウッと青くかがやく光が、手のひらから出る。
「……お、どうしたことだ? はれがひいて、痛くなくなったぞ!」
「びっくりした? あたし、妖怪の万能薬を間違えて飲んじゃって、特別な力が身についたんだ」
「ホホホ、体が軽くなったわい!」
天狗さんはうれしそうに、下駄でピョンピョン飛びはねた。
よかった、よくなってくれて。治すのは二回目だけど、妖怪のお医者さんとしてはこれが初めての治療ってことだよね!
「ももか。よく、おなかが痛いって気がついたわね」
「天狗さんが、何回もおなかをおさえてたからさ。そうじゃないか、と思って」
ドクの方を見ると、不満そうにくちびるをとがらせてる。
「あれえ、ドク? ひょっとして、あたしがパパっと治しちゃったから悔しいの~?」
「……別に、ももかはオレの助手だし」
あたしは思わず、笑い出しそうになった。ドクって意外とかわいい!
「おぬし……」
天狗さんが、あたしの方をじっと見てる。
「いいって、いいって、お礼なんて。あたし、お医者さんだからさ」
『お医者さん』のところに力をこめていった。
「……なにをいっとる? 誰が助けてくれと頼んだ」
「え?」
「こっちは昼寝のジャマをされて、いい迷惑じゃ」
「な! 何てこというの!? せっかく助けたのに!」
「うるさいわ! あっちへいけ、バカ娘!」
バカ? 今、バカっていった!?
プッチーン! あたしの中で何かが音を立てて、切れた。
もう、ゆ・る・せ・な・い!!
あたしは天狗さん、いや、生意気な天狗を捕まえようとした。だけどサッとかわされる。空を飛んで逃げられた。背中の小さな二枚の羽を、パタパタと動かしている。
「ちょっと! こっちへ来て!」
「誰が行くものか!」
そういうと池の方に降りて、まわりの石を拾い出した。
「ほれほれ!」
こっちに向かって、石を投げつけてくる。
「わっ! 危ない!」
「あいて!」
水田君の腕に、石が当たってしまった。
「水田君! ちょっと、いいかげんにしてよ!」
「うるさいわい!」
アッカンベーをすると、木の上の葉っぱのあいだに隠れてしまった。
「出て来い! このひきょう者!」
だけど、それっきり姿を見せることはなかった。
水田君の方を見ると、腕をおさえて痛がっている。
「大丈夫、水田君?」
石が当たったところに手を当てて、治してあげた。
「ありがとう、痛みが消えたよ」
「よかった」
水田君は念のため体を休めることにして、池の中に帰って行った。
「それにしても、なんで助けてあげたのに、あんなことされなきゃいけないの! あーサイアク!! ねえ、御琴!」
御琴の方を見ると、あごに手を当てて何か考えていた。
「……気になるわね。いたずらをしたり、あんな態度をとったり。前はあんな妖怪じゃなかったのに。急に、変わってしまったみたい」
「それって……、何か原因があるってこと?」
「ひょっとしたら、心の問題かも知れないわね」
「心の問題?」
「何かいいたいけどいえないことがあって、その気持ちが強くなりすぎて、いたずらをしたくなったのかも」
「いいたいことがいえないと、いたずらしたくなるの?」
「『気持ちを誰かにわかって欲しい、なのにひとりぼっちだ』って思ってると、誰かの関心をひこうとして、わざとひどいことをする。そういうことってあるのよ」
あたしにも、何となく気持ちがわかった。イヤなことがあると、誰かに話を聞いてもらいたいもん。そんな時誰もそばにいてくれなかったら、つらいと思う。
天狗さんは今さびしくて、こんなことをしてるのかも……。
「それって、あたしの力で治せる?」
御琴は、腕を組んで考えこんだ。
「う~ん。体の病気ならすぐに治せるけど、心の問題は、たとえ万能薬でも難しいわね」
「ドクは? ドクならできるんじゃない!?」
「心の問題は、オレの専門外だ」
「ケチ!」
「何?」
「あ、わかった。本当は、治せる自信がないんでしょ? だから、わざと『専門外』だとかいっちゃって……」
「なにいってるんだ! オレに治せない病気なんて、今までなかったぞ!」
「なら、天狗さんも治せるんだ~」
あたしはニヤニヤしながら、ドクの顔をのぞきこんだ。
「う……、ちょっと待ってろ」
ドクはカバンを開くと、何かを探し始めた。あたしは後ろにいた御琴に向かって、こっそりピースサインを出す。
「ももかも、やるわね♡」
御琴が小声でいった。
「あった、これだ!」
ドクが取り出したのは、どこかで見たことのある道具。小さなラッパの先のような物にやわらかい棒がくっついてて、その棒の先は二本にわかれ、ひらがなの『く』の字の形に曲がっている。
「思い出した。それ、お医者さんが胸の音を聞く聴診器だよね? そんな物どうするの?」
「これは『聴心器』という道具だ。『ちょうしんき』の『しん』は、心の『しん』。これを使うと、相手の心の声が聞こえるんだ。さびしがっているとしたら、原因をさぐらないとな」
ドクは『く』の字の形の棒を両耳に入れると、ラッパの先のような物を木の上に向けた。天狗さんがいる方角だ。
「何か聞こえる?」
「しっ! 聞こえてきたぞ」
ドクは、目をとじた。じっと耳をすましているようだ。
「……うん、……うん、……うん、なるほどな。原因がわかったぞ」
ドクが『聴心器』をはずした。
「天狗にはこの学校に、親友の人間の男の子がいたらしい。その子がある日、隣の町に転校することになった。転校する前の日のことだ。その子は、天狗に約束したんだ」
『一か月後に、かならず会いに来る』と。
「だけど約束の一か月を過ぎても、その子は会いに来なかった。だから天狗は、裏切られたと思ってるみたいだ」
「それでさびしいから、あんないたずらをしたり、悪口をいったりするようになったんだ……」
これで、原因がわかった。
「つまり、天狗さんがその子に会えれば、心が元にもどるってことだよね?」
「そうかもな」
するとドクは『聴心器』をしまって、歩き出した。
「どこ行くの?」
「いったはずだ。心の問題は、オレの専門外だとな」
「さっきは治せるっていったじゃん」
「人間と親友になる天狗なんて、治したくはない」
「何それ!?」
「オレは人間がキライなんだ!」
「自分だって、人間の姿してるくせに!」
その時ドクが、あたしをキッとにらんだ。
「ド、ドク……」
今までよりも、もっと冷たくて、怒りに満ちている感じがした。
ドクはそれ以上何もいわず、振り返るとスタスタと行ってしまった。
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