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5・ 地獄のエンマ大王!
「何、あの態度? ドクのケチ、ケチ、ドケチ! あーっ、もう!!」
あたしはムシャクシャして来て、腕をぶんぶん振り回した。
「落ちついて、ももか」
「ねえ、御琴。ドクって、どうしてあんなに人間がキライなの!?」
すると御琴は、ちょっと悲しそうな顔を見せた。
「御琴?」
「……ドクの正体が化けキツネだってことは、前に話したわよね?」
「うん」
怒ると、耳がピコンと立つし。
「昔、ドクはお母さんのキツネと一緒に、山奥で暮らしていたの。だけどある日、お母さんが猟師に鉄砲でうたれて、命を落としたのよ」
「ええっ!」
「町から私がかけつけたときは、もう手遅れだったわ。ドクは、お母さんの体にすがって、ずっと泣いていた」
そんなことが、あったんだ……。
「そのあとドクは、死んだお母さんを生き返らせて欲しいって、エンマ大王にお願いしに行ってね。そしたら、こういわれたの。『妖怪の医者になって、たくさんの妖怪を治せば叶えてやる』って」
「エンマ大王にお願いって、あたしと同じだ!」
「それ以来、ドクは人間がキライになったのよ。自分が人間の姿をしてるのは、そっちの方が町で活動しやすいから」
ドクは、お母さんを生き返らせるっていう目的のため、妖怪のお医者さんをやってるんだ。自分がイヤな思い出のある、人間の姿になってまで……。
あたし、そんなこと知らないで、傷つけちゃったかも……。
「御琴。今いった『たくさんの妖怪を治せば願いを叶えてやる』って、どのくらいの妖怪さんを助ければいいの?」
「ドクがエンマ大王と約束したのは、百人の妖怪を助けることよ」
「今、何人の妖怪さんを助けたの?」
「99人よ」
「99人! じゃあ、あとひとり助ければ、ドクの願いは叶うんだね」
御琴は、黙ってうなずいた。
その時あたしは、最初に保健室にきた時、ドアにかけてあったプレートのことを思い出した。たしか、赤い文字で『99』って書いてあった。
そうか。あれって、ドクが助けた妖怪さんの数だったんだ。
知らなかった……。
考えてみれば、お地蔵様も天狗さんもあたしが治しちゃったし。ドクのチャンスをとっちゃった感じだよね……。
「そうだ。カッパの水田君は? ドクが助けたんでしょ?」
「あれは水をそそいだだけだから、治療じゃないわ」
「そうか……」
あたし、何にも知らないで、ドクにひどいこといっちゃった。
ドクに、あやまりたい。
そう思った。
「ねえ、御琴。ドクはまだ保健室にいるよね?」
あたしは御琴の返事を聞く前に、走り出していた。
「ドク!」
保健室のドアを開けると、ドクはいすに座っていた。あたしが入って行っても、向こうを向いたままだ。
「さっきはごめん! ドクのこと、よく知らないのに」
あたしは、ドクに向かって頭を下げた。
ドクは何も答えない。
ドクの背中が、少しまるくなってさみしそうに見えた。いなくなったお母さんのことを、思い出してるのかも知れない。
ドクはあたしと同じ年なのに、もうお母さんがいない。それどころかお母さんを生き返らせるため、頑張ってたくさんの妖怪さんを助けて来たんだ。
「ごめん! 人間が、ドクのお母さんにひどいことしちゃって!」
「……どうして、ももかがあやまるんだ?」
「わかってる。あたしがあやまってもしょうがないって。だけど、あやまりたいの!」
ドクはまだ、こっちを向いてくれない。
「心の問題が専門外だってこともわかる。でも、天狗さんをどうしても助けたいの」
「…………」
「……それに、ドクのお母さんも、生き返らせてあげたい」
いすがキイッと音を立てた。ドクの体が少しだけ、あたしの方を向いた。
「あとひとり妖怪さんを助ければ、生き返らせてもらえるんでしょ? だったら、天狗さんの心を治せばいいんだよ」
ドクは、完全にあたしの方に向き直った。いつものするどい目をしてる。
「ももかはいいのか? 願いごとがあるんだろ?」
たしかに。あたしも「体を元に戻してください」って、お願いしないと。
「体が爆発するのは、一年後でしょ? つまり、一年は大丈夫ってことじゃん!」
「……まったく。ももかはどうしてそうお人好しなんだ?」
「え?」
「あんなにひどいことをされた天狗を、助けようとしたり。自分がやってもいないことで、頭を下げたり。そして今度は、自分よりオレの願いごとか」
「それは……」
自分でも、よくわからないけど。全部何となく、そうしないではいられなかっただけ。
「お人好しもここまでいくと、立派だな」
それってほめてるの? 悪口いってるの?
「だけど」
ドクは、立ち上がった。
「オレの母さんを生き返らせたいっていわれたことは、素直にうれしかった」
そういうと、かすかに笑った。ドクがちゃんと笑った顔って、初めて見たかも。
ドクはあたしを通りこして、ドアの方へ向かった。
「行くぞ」
「うん!」
あたしはドクの後ろからついていって、保健室をあとにした。
天狗さんが住んでる木の真下に戻って来た。御琴が待っている。
「お、ドク。ご機嫌はもう直ったの~?」
ドクは御琴の言葉には反応しないで、カバンの口を開いた。
「今度は何を出すの?」
「これだ」
取り出したのは、変わった形の道具。ドーナツみたいな形だけど、ひらべったくて銀色で、光が当たったところがキラキラ光っている。
見たことある。耳鼻科検診があったとき、お医者さんがこれを顔の前につけて、真ん中にあいてる穴をのぞいて、耳や鼻の中を見たんだ。
「これは、人間が使う道具とは違う。『会いたい鏡(きょう)』といって、遠くにいる患者を診察する時に使う物だ」
ドクはその道具を、顔の前につけた。穴からドクの右目がのぞいている。
「この穴からのぞくと、自分が会いたい人間の姿が見えるんだ。その人間の男の子がどこにいるか、たしかめないとな」
ドクは「さあ、見えてきたぞ」といった。だけど、まわりにいるあたしたちには何も見えない。
「ちょっと見せてよ」
あたしはドクの『会いたい鏡』をとって、自分の顔につけた。
「あ、何するんだ!」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
穴から、何かがボンヤリと見えてきた。真っ白いシーツをしいたベッドの上に、寝そべっている男の子がいる。小学校一年生くらい。右足が、包帯でグルグル巻きになっている。
その時、部屋の中にナース服を着た看護師さんが入って来た。
「京一くん、足の具合はどう? 痛くない?」
「痛くないよ」
ここ、病院だ! 京一くんって男の子は入院してるんだ。
「どうしたの? 元気ないわね」
看護師さんが、京一くんにいった。
「……うん。大丈夫」
京一くんはそういったけど、顔つきはどう見ても心配事があるように見える。
何を考えてるんだろう……?
「そうだ! ドク、さっきの『聴心器』貸して!」
「なんでオレが助手から命令されて……」
「いいから早く!」
ドクはしぶしぶ『聴心器』を取り出した。あたしはそれをつけると、ラッパの部分を穴に近づけて、聞いてみた。
『……約束したのに』
聞こえる! 京一くんの、心の声だ。
『よりによって、なんで約束した日の一日前に、階段から落ちるのかなあ……』
「そうか。京一くんは足をケガして入院したから、約束の日に会いにいけなかったんだ」
天狗さんを、裏切ったわけじゃなかった。
「よし。そうとわかれば……」
ドクは、木の真上を見上げた。
「どうせ、呼んだって降りて来ないだろうから……」
ドッシ~ン!!
ドクが渾身の回しげりを決めると、天狗さんが葉っぱのあいだから真っ逆さまに落ちて来た。
ガサガサガサ、ゴッチ~ン!
「ちょっと!!」
「ケガしてるわけじゃないなら、気をつかう必要はない」
それにしても、他の呼び方ないのかなあ……。
「あいてて……何じゃ、いったい!」
ほらあ、天狗さん、元々顔が真っ赤だからわかりにくいけど、鼻息があらくてかなり怒ってるみたいだよ。
「あ、おぬしらはさっきの!」
ガシッ!
ドクは冷たい目でにらむと、天狗さんの頭をわしづかみにした。
「少しは頭を冷やしたか、このバカ天狗……」
「あいでででで……」
「ちょ、ちょっと、ドク。そこまでしなくても」
それに、呼んだのはそういうことじゃなくて。
「天狗さん、京一くんを知ってるよね?」
天狗さんが振り返った。ギョッとした目をしている。
「ど、どうして京一のことを?」
「ごめんなさい。あたしたち天狗さんを治してあげたいから、『聴心器』で少し心の声を聞かせてもらったの」
あたしは『会いたい鏡』を、天狗さんの前に出した。
「これをつけて、穴の中をのぞいて欲しいの。お願い!」
「何じゃ、これは?」
「その穴の先に、天狗さんが会いたい人がいるから」
天狗さんは不思議な顔をしながら、『会いたい鏡』を顔につけた。
「こ、これは! どういうことじゃ? 京一の顔が目の前にあるぞ!?」
その時、穴の中から京一くんの声がした。
「その声は……天狗さん!?」
「京一~、元気だったか~!」
「うん! 実は、入院して会いに行けなかったんだ。今も病院だけど、元気だから!」
京一くんの元気のいい声が、あたしたちにもはっきり聞こえる。
「天狗さん、ごめんね。約束やぶっちゃって……」
「いいや、いいんじゃ。京一が元気なら、それで……」
そういって、何度も首を振った。すると天狗さんは急に下を向いて、うずくまった。
「どうしたの? どこか痛いの?」
「いいや、どこも痛くないぞ!」
顔を上げた天狗さんはつりあがった目から、ボロボロ涙をこぼしていた。大粒の涙が次から次に落ちて、下駄をはいた足がビショビショぬれていく。
「わしは元気じゃ! 京一と一緒でな!」
「今、病室に誰もいないから、いっぱいお話ししよ!」
「ああ、もちろんだとも!」
あたしは初めて、天狗さんの笑顔を見ることができた。
「よかった……」
天狗さんは、たっぷり京一くんと話をした。そのあと、何度もあたしたちに頭を下げた。
「本当に、本当に、ありがとう。さっきはすまなかった」
「そのことなら、もういいよ」
「オレは許してないけどな……」
「ドク!」
「冗談だ」
そう真顔でいわれると、冗談か本気か、わかんないんですけど。
「それから、もうひとつ頼みがあるんじゃが……」
「何?」
天狗さんは少しいいにくそうにしたあと、ポツリといった。
「いたずらした者たちにあやまりたいんじゃが、一緒に来てくれんか?」
「もちろん!」
いたずらした相手にあやまりたいなんて、これって、天狗さんの心がよくなったってことだよね!
次の日のお昼休み。保健室に行くと、ドクがいつになく真剣な顔つきをしていた。そわそわと落ち着きなく、保健室の中をいったり来たりしている。
「ドク、どうしたの?」
話しかけても、返事もしない。かわりに御琴が答えてくれた。
「地獄のエンマ大王が、話があるみたいよ」
「それって、ひょっとしてドクのお母さんのことで?」
だって、ついに百人の妖怪さんを治したんでしょ? ドクのお母さんを生き返らせてくれるってことだよね!
あたしは、御琴にいった。
「ドク、やっぱり緊張してるね。お願いごとが叶うから」
「というより、エンマ大王は怒らせると、とっても怖~いからね」
「そ、そんなに……!?」
その時、洗面台にある鏡に、誰も立っていないのに誰かの顔が浮かんできた。
天狗さんよりも真っ赤な血のような顔色で、ギョロギョロとした目玉。サッカーボールもひとのみにできそうなほど大きな口のまわりには、針みたいな口ひげが四方八方にのびている。頭の上には立派な四角い帽子をかぶってて、帽子の真ん中には金色でデッカく『魔』の文字……。
「こ、これが、エンマ大王……」
たしかに怒ってなくても、とっても怖そう……。
ドクが鏡の前に、サッとひざまずいた。
「エンマ大王様、ごぶさたしております」
「うむ。妖怪の医者として、頑張っておるようだな」
「はっ。もったいないお言葉、ありがとうございます」
うそ……。あのドクが、もう一度いうけどあのドクが! こんなにひれふすなんて……。
「ところでな、ドク」
「はっ」
ドクはひざまずきながら、体を前に乗りだした。
「デーモン・レディースは、知っておるか?」
「はっ………は?」
「最近、地獄ではやっておるバンドだ。悪魔、吸血鬼、ゾンビ、ミイラの、女の子四人組のガールズバンドなんだがな。部下の鬼どもがハマっておるから、どんなものかと思って見てみたら、コスチュームはかわいいし、演奏のレベルは高いし、それから、それからの……」
「は、はあ……」
「この前、この手づくりうちわを持って、ライブにも行っての。ちなみにワシの推しメンは、吸血鬼のドラキュリアちゃんなんだが、ドラキュリアちゃんの魅力は何といっても……」
エンマ大王は、それからたっぷり一時間、デーモン・レディースのすばらしさについて、とどまることなく話し続けた。
あたしはすっかり疲れてベッドの上に腰かけてグッタリ……。御琴もいすに座ってグースカ寝てるし。ドクだけは気の毒なことに、ひざまずいたまま動くこともできない。ブルブルふるえて、後ろから見ても体勢がきついのがわかった。
校長先生の朝礼の話も長いけど、それ以上だ。えらい人って、みんなこんな風に話が長いわけ?
これじゃあ、別の意味で『地獄のエンマ大王』だよ~!!
「……そして最近、トレーディングカードゲームも発売されての。これなんか初回限定生産のプレミア版だぞ。うらやましいだろ~」
何がうらやましいのか、よくわかんないんですけど……。
「ところで、何の話だったかの?」
「何の話って……、エンマ大王様が、お話があると……」
ドクがかろうじて姿勢をたもったまま、グッタリしながらいった。
「おお、そうだった! 妖怪の医者として、頑張っておるようだな」
それ、最初に聞いたやつ!
「ありがとうございます。それで……?」
「ん? それで、とは?」
「他に何かお話しがあるのでは?」
「いいや、それだけだが?」
「は? そ、それだけ!?」
「お前がいつも頑張っておるから、たまには、ほめてやろうかと思っての」
どういうこと!? ドクは百人の妖怪さんを助けたから、お願いごとを叶えてもらえるんじゃないの?
「あの、私の願いごとは……?」
「ああ、それなら、まだ99人じゃ」
「ええっ!」
「天狗から苦情が出ておるぞ。『お前に木から落とされた』とな。よって今回の分は、帳消しじゃ!」
ああ~。天狗さん、やっぱりそれは許してなかったんだ……。
すると、エンマ大王が鏡の向こうから、ギョロっとした目玉であたしを見た。
「それにしても、人間が妖怪の医者になったと聞いたから、いったいどんな者かと思えば、こんな小娘だったとは。世も末だ……」
「こ、こ、小娘!?」
そんな呼び方されたの、生まれてはじめてだ……。
「小娘じゃなくて、あたしの名前は……」
「小娘は、小娘だろう? やはり女の子は、ドラキュリアちゃんのようにスタイルもよくてセクシーでないとな♡」
エンマ大王は、ドラキュリアのトレーディングカードを取り出して、ギョロギョロ目玉に似合わないウットリとした目つきでながめた。
キ、キモッ……。あたしは寒くもないのに、体じゅうに鳥肌が立った。だいたい、悪うございましたね。スタイルもよくないし、セクシーでもなくて!! あ、そんなこといってる場合じゃない。エンマ大王に会ったら、お願いすることがあったんだ。
「一年後に体が爆発しちゃうんですけど、なんとかしてください!」って。
「あの、あたし、実は……」
「お、いかん。もうこんな時間だ。もうすぐ地獄テレビの生放送に、デーモン・レディースが出るんだった。録画の準備をせんとな」
え!? ちょ、ちょっと待って!
「それじゃあの、ドク。小娘」
エンマ大王のその言葉を最後に、鏡は普通の鏡に戻ってしまった……。
結局、自分の好きなバンドの話がしたかっただけじゃないの!?
お願いどころか、名前をいうことすらできなかった……。
ていうか、最初にいった一言ですむなら、あの長~い話を聞いたのは何だったの!!
何かエンマ大王って、イメージとちがう……。
ドクの方を見ると、プルプルふるえていた。
「ドク? もしかして、ショックを受けてる……?」
「あいでででで~!!」
ドクは床に倒れこむと、全身をピクピクふるわせた。口をアングリと開けて、涙を流しながら痛がっている。
「ずっと同じ姿勢をしてたから、筋肉がかたまっちゃったのね」
御琴がいった。たった今目が覚めたのか、半分とじた目をこすってる。
「ふあ~あ……。あら、もうこんな時間ね。さあ、私もこれからやることがあるから、今日のところは帰った、帰った!」
「御琴、やることって?」
「ナイショよ、ナ・イ・ショ♪♡」
御琴は何だか、やけにうれしそうだ。あたしと、彫刻のようにかたまったままのドクの体を引っぱって、保健室から外に出した。
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