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6・ 妖怪からのSOS!?
放課後の教室。ウッチャンが、ランドセルを背負ったあたしの前に立ちふさがる。
「神宮寺! スペシャルトレーニングだ!」
相変わらずのスペシャルトレーニング。どうしよう……。
「さあ、水田君も一緒に行こうじゃないか!」
ウッチャンが、後ろにいた水田君に話しかけた。
「は、はい……」
水田君も、本当は行きたくないよね? どうにか断る方法はないかな……。
「今はうまくいかなくてもいいんだ! 頑張って……イタイ……できるようになれば」
ん? 今、ウッチャン、何か変なこといわなかった?
「三人で一緒に、一等賞を……イタイ……目指そうじゃないか!」
またいった!
水田君は、目をまるくしてウッチャンの顔を見ている。水田君も聞こえたんだ。あたしの空耳じゃない。
「頑張れ! 汗は……イタイ……心の涙だぞっ!」
間違いない。さっきから「イタイ」「イタイ」っていってる。
「ねえ……、ウッチャン?」
「ん? 何だ、神宮寺?」
「どこがそんなに痛いの?」
「んん? 先生は別に、どこも痛くなんかないぞ」
そういうと、腕を大きく上げて力こぶを作った。
「いたって健康体だ!」
「だって、さっきから『イタイ』っていってるじゃん。水田君も聞こえたでしょ?」
水田君が、何回も大きくうなずく。
「いってた!」
「おかしなこというなあ。先生はどこも痛くなんか……イタイ……ないぞ」
「ほら、いってるそばから!」
「ははあ、わかったぞ」
ウッチャンがニヤリと笑う。
「神宮寺。さてはスペシャルトレーニングをサボりたくて、そんなことをいってるんだな?」
トレーニングをサボりたいのはたしかだけど、そうじゃなくて……。ほんっとうに、自分でいってるつもりがないの?
「そういう生徒は、意地でも連れてっちゃうぞ~」
ウッチャンが、あたしの手をグッとつかんだ。
その時だ。
「内村先生!」
教室に、教務主任の女性の神山先生が入ってきた。神山先生は生徒が問題を起こすとすぐ大きな声でしかるから、あたしたちのあいだで「カミナリ先生」と呼ばれている。
「か、神山先生……何か……?」
「何か、じゃありませんよ! 男子トイレのトイレットペーパーがなくなってるそうですけど、また内村先生ですか!」
「あ、す、すいません……」
「学校の備品を家に持ち帰らないでくださいと、あれほどいってるじゃありませんか!」
ウッチャン、そんなことしてたんだ。セコい、セコすぎる……。
「すみません、少しでも節約をと思って……」
「なにいってるんですか!!」
「カミナリ先生」のカミナリが落ちた!
「あなたそれじゃ、子供たちにしめしってものが……」
ウッチャンは何回も、ペコペコ頭を下げてあやまっている。
これって、ひょっとして、逃げるチャンスじゃないの?
あたしは水田君の手をつかむと、人さし指をくちびるの前に立てた。
「行・く・よ」
そうささやくと、ウッチャンがこっちを向く前にダッシュで教室をあとにする。
水田君は途中で別れて、池に帰って行った。あたしが行くのは、もちろん保健室。
ドアには『先生います』の文字。開けると、ドクと御琴がいた。
「いらっしゃい! ももか」
御琴は手を振ってくれたけど、ドクはあたしの方を見もしない。
「ドク、何か怒ってるの?」
「それがね、ももかの前で恥ずかしい姿を見せたこと、まだ気にしてるみたいなの」
御琴がクスクス笑いながらいった。
「気にしてない!」
ドクが強い声でいった。うわあ~、気にしてるなあ……。
ドクに何か言葉をかけようと、近づいた時だ。御琴が急に、変なにおいでもかいだかのように、まゆを曲げた。
「ももか、ここに来るまでに妖怪に会った?」
「うん。水田君とさっきまで一緒だったよ。もう帰ったけど」
「水田君じゃなくて、ももかの体から違う妖怪の妖気を感じるわ」
「違う妖怪?」
「ほんのわずかだけど……」
あたしが、水田君以外にさっきまで会ってたのは、ウッチャンだけど……。それって、ウッチャンが妖怪ってこと? まさかね……。
そうだ! ウッチャンといえば。
「さっき、不思議なことがあったんだけどさ」
あたしは、ウッチャンが話している途中、何回も「イタイ」といっていたこと、だけど本人は覚えていないことを話した。
御琴はあごに手を当てて、何かを考えているみたいだ。
「……少し気になるわね」
「ひょっとして、妖怪さんのしわざ?」
「その可能性はあるわね。妖怪は、人間の体を使って、メッセージを伝えることがあるの。ももかが聞いた『イタイ』っていう言葉も、メッセージなのかも」
「イタイってことは、その妖怪さん、どこか悪いのかな!?」
「かも知れないわね」
大変だ! そうとわかれば……。
あたしは、ドクの腕をつかんだ。
「おい! 何するんだ」
「決まってるじゃん! 痛がってる妖怪さんがいるんだから、助けに行かなきゃ。へそ曲げてる場合じゃないよ!」
「なら、ももかはどこにその妖怪がいるか、わかるのか?」
……………………………………………………………………………。
「……わかりません」
ドクがため息をついた。
その時御琴が、パン! と手を打った。
「よし、ここは私にまかせといて!」
「御琴、どうするの?」
「妖気をたどっていくのよ。時間がたっても体に妖気が残っているってことは、妖怪はこの学校の近くにいるわね」
「学校の近くに!?」
「それも、かなり近いわ」
「なら、さっそく行こう!」
あたしがドアに手をかけると、御琴が止めた。
「ちょっと待って! ももかの体に妖気が残ってるといっても、かすかだから。これだけで元の妖怪を探しだすのは難しいわね」
「そうなんだ……」
「だけど、まだあきらめるのは早いわよ♡」
ろうかの先を、ジャージ姿のウッチャンが歩いている。肩を落として元気がなさそうだ。「カミナリ先生」に怒られたショックから、まだ立ち直っていないみたい。
「うーちむーら先生♡♡♡」
「ん?」
ウッチャンが振り向くと、そこに立っていたのは御琴。(もちろん、大人の姿で!)
「稲生先生、何か……」
ウッチャン、声まで元気がなさそう。
「実は~、内村先生に折りいってご相談がありまして~」
御琴は、一度も聞いたことがない子猫みたいな声を出してる。
「私に?」
そういうと御琴は、内村先生にくっつきそうなくらい近づいた。まるで恋人同士だ。
「い、稲生先生?」
ウッチャンの顔が、一瞬でポッと赤くなった。
「ほら、私~、四月に来たばっかりで~、この学校のこと、よくわからないじゃないですか~。だから、内村先生にいろいろ教えていただきたいかな~って」
「は、はあ……」
「おイヤですか?」
「イ、イヤ、イヤイヤ。オイヤなんてことは……」
ウッチャンのひたいからは、汗が吹きだしてる。
「でしたら~、来週の月曜日か火曜日、あるいは水曜日、もしくは木曜日、ひょっとしたら金曜日に、お近くの喫茶店かレストラン、またはハンバーガー屋さん、もしかしたらコーヒーショップ、まかり間違ってアイスクリーム屋さんで、お会いするのはどうでしょう?」
「は、はい、そ、それで大丈夫、です……」
「ありがとうございます! それじゃあ私、急ぐので!」
御琴はダッシュで、ろうかのはしっこで見てたあたしとドクの方へやって来た。
「体に残った妖気のにおいは覚えたわ。早く行きましょ♪」
「み、御琴……」
あたしは御琴を呼び止めた。
「ん? 何?」
「いちおう聞くけど……、ウッチャンのこと、好きなの?」
「は? 何いってんの?」
妖怪図鑑で見た雪女みたいに、冷たい表情になる御琴。
「やっぱりね……」
御琴はろうかの曲がり角に立って、鼻をクンクンさせる。
「……こっちね」
曲がり角に来るたびに、においをかいで妖気の元をたどっていく。それをくり返しているうち、校舎から外に出てしまった。校庭を横切って、すみっこに立ってる金網のところまでやって来た。金網にはとびらがついてる。向こう側には、小学校より少し小さいくらいの建物が建っていた。
「ここって、たしか……旧校舎だ!」
今の校舎が建つ前に、昔使っていた小学校。校舎のかべは木でできている。かなり古いからあちこちボロボロになって、穴があいているところまであった。
「こういう古い建物には、妖怪が棲みつくことがよくあるのよね」
金網のとびらを開けて、中に入る。緑色のゴムが一面にしいてある校庭と違って、こっち側は土の地面でそこら中に高い草がボーボー生えている。少し歩くだけで、足に草がさわってくすぐったい。校舎の入り口っぽいドアの前には、看板が置いてあった。
『立入禁止』
その横には、ヘルメットをかぶった男の人の顔が書いてある。
「そういえば、ここってもうすぐ工事で取り壊すって聞いたよ」
この前、ウッチャンが朝のホームルームでいってた。「あの旧校舎は、中に入ったらかべや天井が崩れてくるかも知れない。危ないから、絶対に中に入らないように」って。
「……入っても、かべや天井が崩れてきたりしないよね?」
「じゃあ、ももかはここでやめとく?」
御琴がニヤニヤ笑う。
「……い、行くよ。苦しんでる妖怪さんを助けないと!」
御琴が看板をどかして、引き戸になってるドアを開けた。中にはろうかが続いていて、奥に行くほど暗くなっている。明かりは、窓からさす夕方のオレンジ色の光だけだ。
「なんか、お化け屋敷みたいでワクワクしちゃう♡」
う……、御琴だけが楽しそう。
一歩踏み出すと、ろうかがミシっと鳴った。シンと静まったろうかの奥から、今にも何かが飛び出して来そうだ。
そういえば、聞いたことがある。旧校舎にふざけて入った生徒たちが、そのあと帰って来なくなったっていう噂……。まさか、妖怪さんに食べられたりしてないよね……。
「こっちよ」
ろうかの角を曲がると、教室が三つ並んでいる。すぐそばにあった教室は、ドアがなくて中が見えた。机があちこちに散らかっていて、逆さまになってるのもある。黒板は何年も使い過ぎたのか、真っ白に汚れてる。天井にはクモの巣がいくつも貼りついていた。
……うう、不気味すぎる。鳥肌が立ってきた。一番奥の教室のあたりは暗くて、よく見通せない。
「まさか、あの一番奥の部屋だなんていわないよね……?」
「そのまさかよ♪」
う、うれしそうにいわないで、御琴~!!
……できれば行きたくないけど、そうもいってられない。あたしたちが行かないと。ケガや病気で助けを求めてる妖怪さんがいるんだから。
御琴の背中にピッタリくっついて、あとについていきながら前に進んだ。
……ミシ、……ミシ、……ミシ。だんだんと、奥の教室が近づいて来る。
ついに、ドアの前まで来た!
ドアはピッタリととじられている。ここが、さっきの教室みたいに中が見えてれば怖くないのに……。
御琴がドアに向かってうなずいた。
「妖怪は、この中にいるわ」
いったい、どんな妖怪さんなんだろう。水田君や天狗さんみたいだったらいいけど、もしもこっちに襲いかかって来たりしたら……。
こんな時に、旧校舎で生徒が消える噂が頭から離れない。噂め、どっか行け!
両足のあいだが、キュッと急に涼しくなる。御琴が、ドアの取っ手に手をかけた。
「じゃあ、行くわよ?」
「う、うん……」
あたりは静まり返っている。自分が息をする音まで、聞こえてきた……。
…………………………………………………………………………………………。
「なあっ!!」
「きゃーーーーっ!!!」
あたしは天井に頭をぶつけるかってくらい、飛びはねた! いったい、クラスを代表する足オソのあたしのどこにそんなジャンプ力があったのか……。
よく考えたら今の「なあっ!!」は、ドクの声だ。
振り返ると、ドクが頭の上に出たキツネの両耳をおさえている。不満そうな顔だ。
「……うるさいな。なんてデカい声を出すんだ」
「そ、そっちが、急に大声出したんでしょ!!」
あ~、びっくりした……。全身が全部心臓になったかと思うほど、まだドキドキしてる。
「いったい、なんなの!」
「ひとつ、気になることがあるんだ」
……気になること?
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