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7・恐怖のウイルス!!
「ドク。気になることって何なの?」
「その妖怪は、なぜ先生にメッセージを伝えたんだろう?」
「どういうこと?」
「ただの学校の先生に『イタイ』なんてメッセージを送っても、助けてくれないだろ?」
それは……。
「ウッチャンに送れば、あたしが気づくと思ったんじゃないの?」
「それなら最初から、ももかに直接送ればいいだろ? 一番早いじゃないか」
「……たしかに」
いわれてみればそうだ。妖怪さんは、なんでウッチャンにメッセージを?
「ま、それについては、本人に聞いた方がいいわね」
御琴は、ドアをガラッと開けた。
日が傾いていて、教室の中にあまり光は届いてない。ぼんやりとしか見えないけど、たしかに奥の方に誰かがいる。ぐちゃぐちゃに重なった机が、山みたいになってる。その前に寄りかかって座っていた。
「……イタイ、……イタイ」
声が聞こえる。あそこにいるのが、助けを求めてる妖怪さんだ。よ~く見てみると、着物を着た幼稚園くらいの女の子だ。
「……かわいい」
おかっぱ頭で、目がパッチリしてて、赤いほっぺにチョコンとした口。まるでお人形さんみたい。顔は悲しそうだけど、とってもかわいい!
なんだ。どんな怖い妖怪さんかと思ったけど、かわいい女の子じゃん。ホッとした。
「イタイヨー!」
そう叫んだ瞬間、女の子の首がビニョーンとのびた。
「わっ!!」
首は天井までのびると止まった。風船みたいに浮かんでいる女の子の顔が、シクシク泣いている。
「イタイヨ~」
「あれは、ろくろ首ね」
ろくろ首って、首がのびる妖怪だ。ただそれだけで、特に悪さをするわけじゃない。せいぜい家にある油をなめちゃうくらいで、とてもおとなしい妖怪さん。
ろくろ首の女の子は「……イタイ、イタイ」といいながら、ずっと涙を流してる。
かわいそう、早く治してあげないと。
「ドク、お願い!」
「わかった」
ドクが一歩、ろくろ首ちゃんに近づいた。
「待って!」
ろくろ首ちゃんが叫んだ。
「そっちのお姉ちゃんがいい!」
「え? あ、あたし!?」
床の方にあるろくろ首ちゃんの指は、たしかにこっちをさしてる。
「オレも妖怪の医者だぞ」
「お姉ちゃんがいいの! お姉ちゃん以外は近づかないで!」
どうしよう……。
「きっと、同じ女の子同士の方がいいんじゃないかしら?」
たしかに御琴のいう通りかも……。
ドクがため息をついた。
「そんなにいうなら、勝手にすればいい」
じゃあ、ドクには悪いけど……。
「わかった。お姉ちゃんが行くから、待っててね」
ろくろ首ちゃんに向かって歩いて行く。床にうずくまっている体の、目の前まで行った。
あたしは顔を上げて、天井の方にある頭まで聞こえるよう大きな声で話しかける。
「ろくろ首ちゃん! お姉ちゃん来たから、もう心配いらないよ!」
「……イタイヨ」
「すぐに治してあげるからね。どこが痛いの? お姉ちゃんに教えてくれる?」
「……ももか、逃げろっ!」
「え?」
ドクの声がして、振り返った。その時だ。
ガシッ!!!
ろくろ首ちゃんの両手が、あたしの体をつかんだ。
「キャッ!!」
手があたしのおなかの前でがっちり組まれて、引きはがせない。小さな女の子の見た目からは想像できない力だ。
「ろ、ろくろ首ちゃん!?」
あたしはその体勢のまま、真上を向いた。
「ひっ!」
思わず声が出た。かわいいろくろ首ちゃんの顔は、まるで別人になっていた。目はケモノのようにするどく、黄色く輝いている。口は耳のあたりまでさけて、口元からはキバものぞいていた。
「ヒヒヒヒヒィィィィ!!」
不気味でかん高い笑い声が、教室中に響いた。
このろくろ首ちゃん絶対、変だ!
浮かんだ顔が、ふわふわと上空をただよう。それにつれて首もどんどんのびていく。
「イタイヨ、イタイヨ、ハナレタクナイ……」
「……そうか、わかったぞ。『イタイ』は、『体が痛い』という意味じゃない」
ドクがいった。
「取り壊される予定の、この旧校舎に『ずっと居たい』。そういう意味だったんだ!」
「つまりあの子は、ここに棲みついてるのね」
「だから、ももかじゃなくて、学校の先生にメッセージを送ったんだ。自分の棲み家を壊して欲しくなかったから」
ドクが悔しそうに歯をくいしばり、グッとこぶしをにぎった。
「オレとしたことが、油断した……」
「ももか、ごめんなさい。邪悪な妖気の隠し方がうまくて気づかなかったわ」
御琴は申し訳なさそうな顔をしてる。あやまらないで、御琴のせいじゃないから!
ろくろ首ちゃんの腕が、あたしの体をギュッとしめ上げた。
「痛っ!」
「おい、ろくろ首! ももかをはなせ!」
「……ナラ、ココニズット、イテモイイ?」
「……オレたちの力では、それはできない」
「イヤダ、イヤダ、ココニイタイ!!」
すると、ろくろ首ちゃんは天井に頭をぶつけはじめた。
ゴチン! ゴチン!
「やめて! そんなことしないで!」
だけど、やめてくれない。何度も何度も、頭を目いっぱいぶつける。
ゴチン! ゴチン!
「ココニイタイ、ココニイタイ……」
何十回か、頭をぶつける音が続いたあと、
バキンッ!
何かが割れる音。次の瞬間だ。
ガラガラガラッ!
天井の板がはがれて、崩れてきた。
「ももか!」
御琴が走って来て、あたしの手を引っぱってくれた。
ドスン!
後ろで、何か大きな物が落ちる音がした。振り返ると、太くて黒ずんだ木の棒が落ちている。そういえば、校舎が古くて崩れて来るっていってた。
あたしは危機一髪、助かった。だけど……、
「ろくろ首ちゃん!」
ろくろ首ちゃんの首の上に、落ちてきた棒が乗っかっている。
思わずかけよろうしたけど、ドクに止められた。
「ももか、今のうちに逃げるぞ!」
逃げる。あたしもそうした方がいいと思う。だけど、このままじゃいけない、とも思う。
「何か変だよ。『ろくろ首』って、おとなしい妖怪のはずなのに」
「そんなことわかってる」
ドクは、深刻な表情をしている。
「たぶん妖怪を狂暴化するウイルスが、体の中に入ってる」
「妖怪を、狂暴化?」
ろくろ首ちゃんは、ウイルスのせいであんな風になったの?
「いったい、なんでそんなウイルスが!?」
「わからない。誰かに注射で打たれたのか、自分で望んで打ったのか……」
ろくろ首ちゃんが、自分で狂暴化するウイルスを打つなんて思えない。絶対に、誰かに打たれたに決まってる!
その時、崩れ落ちた天井の山がググッと盛り上がった。
「ウウウウ……」
ガレキをはねのけて、恐竜みたいに長い首が起き上がってくる。
「まずい、早く逃げるぞ!」
ドクがあたしの手を引っぱる。あたしたちは教室を出て、走った。
「ヒヒヒヒヒィィィィ!!」
ろうかを走ると、頭と首だけがドアから出て追いかけて来た。
「急げ、こっちだ!」
角を曲がる。のびた首も曲がって、逃げるあたしたちにせまってきた。
ろうかの先にドアがある。あそこまで行けば、外に出られる。
「頑張れ、もう少しだ!」
「ヒヒヒヒヒィィィィ!!」
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