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8・黒幕現る
すぐ真後ろから、ろくろ首ちゃんが叫ぶ声が聞こえた。振り向くと、目の前に顔が浮かんでる!
「きゃっ!」
びっくりして、思わず後ろに飛びのいた。
「ニガサナイ、ニガサナイ」
相変わらずケモノみたいなギラギラかがやく目玉。でも、さっき見たろくろ首ちゃんの目は、もっと穏やかで優しそうな目だった
何とかしてあげられないかな……。
「そのウイルスに効く薬はないの?」
「ダメだ。特殊なウイルスだから、オレも治す薬は持っていない」
「そうなんだ……」
「ももか、ここから出るぞ!」
ドクが叫んだ。
「ろくろ首は、ここに棲みつく妖怪だ。校舎の外までは追ってこないはず!」
ドアはもう、すぐそこにある。あと少し走ればここから出られる。
だけど……、あたしの心の中に声が聞こえた。
本当に、それでいいの?
「早くしろ!」
ドクがカバンを持っていない方の手で、あたしを引っぱった。とっさに、あたしはもっと強い力で引っぱる。
ドクが振り向いた。
「ももか?」
「ウイルスってことは、ろくろ首ちゃんは病気なんでしょ? このままにしておけないよ」
「何いってるんだ! お人好しもいいかげんにしろ!」
「それでも、あたしはろくろ首ちゃんを助けたいよ!」
「あいつは、オレたちに襲いかかってるんだぞ?」
「それは、ウイルスのせいで狂暴化してるからでしょ?」
だったら、操られてるみたいなものだ。それなのに見捨てて逃げるなんて、ろくろ首ちゃんがかわいそうだよ!
ドクは、あきれた顔をしている。
「あのなあ、早く逃げないと、助ける前にオレたちの方が……」
「待って!」
御琴が叫んだ。
「……さっきから、どうして襲って来ないのかしら?」
「え?」
御琴は、あたしたちの後ろにいるろくろ首ちゃんの方を見ている。ろくろ首ちゃんは、やっぱりまだ怖い顔をしていた。だけど……。
たしかに、あたしたちが目の前にいるのに、なぜか襲いかかって来ない!
「……ひょっとしたら、心の中で戦ってるのかしら」
御琴がいった。
「ウイルスのせいで狂暴化してるけど、本当は誰も襲いたくないから」
やっぱり、ろくろ首ちゃんは優しい妖怪なんだ。だとしたら、自分でウイルスを注射したとは思えない。
「どこかに、ウイルスを打った犯人がいるのかも」
「その通り!!」
天井の方から、校舎をゆらすような大きくて低い声が聞こえた。次の瞬間、ろうかの全部の窓が、ガタガタと激しくゆれだした。
すると、窓に誰かの姿が現れて来た。だんだんはっきりと見えてくる。
真っ赤な血のような顔。ギョロギョロした目玉。大きな口のまわりに、針みたいな口ひげ。 帽子には、金色でデッカく『魔』の文字……。こ、この人は……!!
「……エンマ大王様!!」
息が止まるかと思った。なんで、エンマ大王がここに……?
どの窓にも、同じ顔が映っている。ドクがあっけにとられていると、エンマ大王がいった。
「ろくろ首にウイルスを打ったのは、このワシだ」
「そ、そんな、まさか……」
御琴が一歩前に出て、いった。
「いったい、どうしてそんなことを!?」
「そこにおるろくろ首から、頼まれたんだ。『この校舎を取り壊して欲しくない。ずっとここにいたいから、何とかしてくれ』とな」
「それがどうして、ろくろ首にウイルスを打つことになるんですか!?」
「決まっておるだろう。狂暴化して人を襲うようになれば、誰も校舎に寄りつかなくなる。そうすれば、取り壊すこともなくなるはずだ」
そんな。いくら工事をやめさせるためとはいえ、そんなやり方、ひどすぎる……。
胸の中に、ガマンできない思いがわいてきた。
「あの、エ、エンマ大王、様」
少し怖いけど、勇気をふりしぼって話しかけてみる。
それに、よく考えたらエンマ大王って、そんなに怖いおじさんじゃないはずだ。大好きなバンドの話を、えんえんとしてたくらいだもん。
「ん? 何だ?」
「ろくろ首ちゃんを、元に戻してください」
「それはできんな、工事が中止になるまで」
「だけど、かわいそうじゃ……」
すると、ドクが両ひざを床についた。
「……ダメだ、ももか。エンマ大王様に逆らうな」
「でもさ」
「ダメだ!」
ドクの表情は真剣だ。
「願いごとを、聞いてもらえなくなってもいいのか!?」
「そ、それは……」
たしかに、今ここで逆らったら、あたしの体を元にもどして欲しいっていうお願いごともできなくなるかも。ドクだって、お母さんを生き返らせて欲しいってお願いごとがあるんだし。御琴は「エンマ大王は怒らせると、とっても怖い」っていってた。
でも、このままじゃ……。
気がついたら、あたしは前にでて御琴と並んでいた。
「エンマ大王様、お願いです。みんなを元に戻してあげて!」
「ダメだ!」
エンマ大王はきびしい顔をして、両腕を組んだ。全然聞く耳を持ってくれない。
「そんな……」
すぐそばに、ろくろ首ちゃんの顔がある。
恐ろしい顔をしてるけど、本当はイヤなんだよね? こんなことしたくないよね? ごめんね。あたし「助ける」とか、えらそうなこといって何にもしてあげられないよね……。ごめんね……。
シャツのすそをギュッとつかむと、くやしくて目の中に涙がたまってきた。
「さ、わかったら早く出ていけ。ドクも御琴も、ももかも」
………………………………………………………………………………。
あれ?
今、エンマ大王が、あたしのことを「ももか」って呼んだ……?
おかしい!!
隣で、ドクが立ち上がった。驚いたような表情をしている。
たぶん、ドクも気がついたんだ。
あたしは、窓の中のエンマ大王をキッとにらみつけた。
「な、なんだ、その目は?」
「エンマ大王は、あたしのことを『小娘』って呼んでた。あたしの名前は知らないはず!」
「なんだと!? そ、それは……」
あたしの言葉で、急にあせり出した。あやしい……。
ドクが、エンマ大王を真っすぐ指さした。
「貴様、ニセモノだな!!」
「な、何をいう! ワシは本物だ。本物のエンマ大王だ!!」
「じゃあ聞くけど、デーモン・レディースで一番の推しメンは誰?」
「デーモン・レディース? オシメン? 何だそれは!?」
「やっぱり、ニセモノだ!」
「お、おのれ~」
「いったい何者なの!?」
すると、ドクがあたしの前にスッと手を出して、ゆくてをさえぎった。
「もういい。こいつの正体がわかった。あれを見ろ」
ドクは天井を指さした。そこにあいた穴から、不気味な顔がのぞいていた。岩みたいな顔で、目玉がギョロっとしてて、長い舌がビロ~ンと飛び出してる。
「あ、あれ何!?」
「しょうけら。それがあいつの名前だ」
「しょうけらって……、たしか天井から人の生活をのぞく、ヘンタイのぞき魔の妖怪だ!」
「な、何ぃ~!? 誰がヘンタイのぞき魔だ!!」
しょうけらさんは怒ってるみたい。だけど、よく見ると面白い顔をしてるから、そんなに怖くないかも。
「思った通りだ。エンマ大王様が姿を見せる前、天井から声がしていたのを思い出した。それでピンと来た。『しょうけら』だって。あいつは、天井からオレたちの会話をずっと聞いてたんだ。だから、名前も知っていた」
それってヘンタイのぞき魔の上に、ストーカー妖怪じゃん……。あたしは別の意味で怖くなって来て、背すじに冷たい感触がした。
「オレたちは妖気で、まんまと幻覚を見せられてたってわけだ」
その時、窓に映るエンマ大王の顔が全部消えてしまった。
「ほらな」
ドクが勝ちほこったように、笑みを見せた。
「お、おのれ~。見破られた……」
「お前だな! ろくろ首にウイルスを打ったのは!!」
「ああ、そうだ! オレだってここに棲みついてるんだ。ここから出たくない」
「だからって、こんなやり方していいわけないだろ!」
「うるさい!!」
「早く天井から降りてこい!」
「ヒヒヒ。そんな口のきき方をしてもいいのか?」
しょうけらさんが、耳までさけた真っ赤な口でニヤリと笑う。
「何っ!?」
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