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9・絶体絶命!!
「ヒヒヒ。お前も妖怪の医者なら、知ってるだろう? 妖怪を狂暴化させるウイルスのもうひとつの特徴を」
「まさか……」
「ウイルスを打った者のいうことに、何でもしたがってしまうんだ!」
しょうけらさんが、ろくろ首ちゃんに向かっていった。
「いけ、ろくろ首! こいつらを襲え!」
「ウウウウ」
ろくろ首ちゃんの顔が、急に苦しそうにゆがみはじめた。
「ろくろ首ちゃん、ダメ! いうことを聞いちゃ!!」
「やるんだ、ろくろ首!」
「ウウウウ、ウ~ッ!!」
ろくろ首ちゃんが、こっちに向かってきた。
あわててよける。あたしは右に、ドクと御琴は左に。
首がクルッと回って、今度はあたし目がけて襲って来た。
「ウ~ッ!!」
よけなきゃ! 頭ではそう思ってるのに、足がすくんで動かない。
「ももか!」
御琴があたしの体を引っぱってくれて、ぶつかる寸前で助かった。
ろくろ首ちゃんはこっちを、恐ろしい目でにらんでいる。
「やめて、お願い!」
「もうオレたちの言葉は、あいつには届いてない」
……こうなったのは、全部ウイルスのせいだ。
それなら、こうするしかない!
ろくろ首ちゃんの顔が、ぐんぐんこっちにせまってくる。
あたしは顔をじっと見て、よくねらいを定めた。
「……おい、ももか。何するつもりだ!?」
「話しかけないで! 集中してるんだから」
ろくろ首ちゃんの顔が、手をのばせば届きそうな距離まで来た。
「今だ!」
ぶつかる直前、サッとわきによけた。太くて大きな首が目の前を通り過ぎていく。あたしはその首を、ガシっとつかまえた。
「ももか!」
止めようとしたけど、まったくダメだ。あたしの体はそのまま運ばれて行った。落ちないように、両足も使って首の上にまたがる。
「何してるんだ!」
ドクたちのいる床からグングン離れていく。首と一緒に、あたしの体は空中まで持ち上がった。まるで、龍にまたがってるみたいだ。
「病気だったら、あたしの力で何とかなるかも!」
「ムチャなことはよせ!」
「やるだけやってみるよ!」
そうじゃなきゃ、わかんないもん。それに、今はろくろ首ちゃんを助ける方法がこれしかない。
「ウウウウ」
ろくろ首ちゃんが、首を振って暴れた。振り落とされないようにしっかりとつかまる。すると、さわった場所のまわりが青い光に包まれた。
「待ってて。今、治してあげるから」
ろくろ首ちゃんの動きが、少しゆっくりになった。
「ウウ……、ワタシ、ドウシテコンナコトヲ?」
「ろくろ首ちゃん。ひょっとして、治ってきたの!?」
あたしの力が、効いたんだ!
「ええい、ろくろ首! お前の役目はやつらを襲うことだ!」
しょうけらさんの言葉を聞いて、またスピードが上がる。
もう一回だ!
ありったけの力をこめて、首を手でおさえる。今度は青い光が出るんだけど、スピードが遅くならない。
「もう一回!」
ろくろ首ちゃんはどんどん速くなる。首が大きく動くから、しがみついてるだけで精一杯だ。顔に当たる風のいきおいが強くて、目をつむっているしかない。上になったり、下に行ったり、まるで走ってるジェットコースターにつかまってるみたい。
うう、酔いそう……。
「ろくろ首ちゃん……おとなしくして」
「じゃまな人間め。ろくろ首、振り落としてしまえ!」
「ウ~ッ!」
体が大きく横にゆれた。落ちないようにしがみつく。
ドンッ!
校舎のかべにぶつかった。
「痛……」
背中の打ったところがビリビリしびれて、痛みが広がっていく。
「ももか!」
ドクが呼んでる。
何とか目を開けて下の方を見ると、ドクと御琴が心配そうな表情でこっちを見ていた。
「ハーハッハッハ!」
しょうけらさんの高笑いが聞こえた。
「もうお前らに勝ち目はない! お前らの負けだ!!」
勝ち目はない?
…………違う。そうじゃない。勝つとか、負けるとかじゃない。あたしはただ、苦しんでる妖怪さんたちを助けたいだけなの。それなのに……。いったい、どうすれば。
その時だ。校舎や窓ガラスがきしむ音とは、別の音が聞こえた。
パキ、パキパキ……。
何、この音?
いけない。今はそんなことより、目の前にいるろくろ首ちゃんが大切だ。
あたしは、ろくろ首ちゃんの首をつかむ手に力をこめる。
今、この子を治せるのは、あたししかいないんだ。
両手から青い光をはなつと、ろくろ首ちゃんの動きがまたゆっくりになった。
「今、完ぺきに治してあげるから」
「ももか、もういい! 無茶をするな!」
「もう少しだけやらせて!」
あたしが、手にいっそうの力をこめた時だ。さっきと同じ音がした。
パキパキパキ……。
しかも、あたしの頭の上から聞こえる。
「ま、まさか……」
次に聞こえて来たのは、誰かの叫び声。
「あ、あ、あああああ~っ!!」
次の瞬間。雷がすぐ近くで鳴ったかと思うほどの、大きな音が。
ガラガラガラッ!!!
天井が崩れて来た!
「キャー!!」
頭の上に振って来る、たくさんの木の板。あたしの体はろくろ首ちゃんごと、床にたたきつけられた。
背中を、激しい痛みがかけぬける。全身にすごく重い物がのしかかる感じがした。
「ももか!」
ドクの声が聞こえた。だけど、水の中で聞いてるみたいにはっきりしない。目の前が暗い。と思ったら、白い霧でもかかったようにぼんやりする。
すぐに、意識が遠くなって行った……。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………温かい。
おなかの上に、なにか温かい物が乗っている感じがした。
小さいころ、おなかを壊して病院に行った時のことを思い出した。
あの時、お母さんが手でおなかをさすってくれて、よくなったんだ。
今もそうだ。だんだんと、痛みがなくなって来た。
まさか、お母さん!?
ゆっくりと目を開けると、そこにしゃがんでいたのは、お母さんじゃない。
「ドク……」
ドクがあたしのそばで身をかがめて、一生懸命何かをしている。
「動くな。今、治療してるところだ」
「治療……?」
あたしの体は、床に横になっていた。
そうだ。あたし、落ちてきた天井の下じきになったんだ……。
よく見ると、ドクの服には黒い布でも目立つくらい汚れがついている。まわりには、さっき崩れた天井板が散らばっていた。
あたしを、天井板のガレキの中から助けてくれたんだ……。
「あ! ろくろ首ちゃんは?」
体を起こすと、腕や足にビリビリと痛みが走る。
「だから、動くなといってるだろ!」
ドクは、あたしの足に包帯を巻き始めた。
「ろくろ首の手当てなら、御琴がしてる。気を失ってるからちょうどいい」
首だけ曲げて横を見ると、御琴がろくろ首ちゃんの長~い首に包帯を巻いていた。
よかった……。
「……そういえば、ドクって前に『人間は治してやらない』っていってなかったっけ? 人間がキライじゃなくなったの?」
「キライだ、今でもな」
ドクはそういったけど、あたしは気がついた。さっきはろくろ首ちゃんからあたしを逃がそうと、手をにぎって引っぱってくれたことに。
「……だけど、ももかだけは助けたいんだ」
ドクは、ひたいから流れてきた玉のような汗を、そででぬぐう。見たことないほど真剣なドクの顔が、そこにあった。
「ももかは、オレの母親を生き返らせたいといってくれた。自分だって、願いごとがあるのに。今回だって逃げようと思えば逃げられたのに、そうしなかった。命がけでろくろ首を助けようとした」
そしてあたしの方を向くと、かすかに笑った。
「ももかは、世界一のお人好しだ。だけど、この世界にお人好しはいた方がいい」
ドクの笑顔をちゃんと見るのは、二回目だ。
ドクは包帯を結び終わると、あたしの足にそっと手を当てた。
……あったかい。
やっぱり、さっきのはドクの手だったんだ。
「……あ、そういえば、しょうけらさんは?」
「心配するな。キチンとつかまえてある」
かべぎわに、しょうけらさんはいた。縄でグルグル巻きにされている。
「そうじゃなくて。しょうけらさん、さっきの事故でケガしたりしてない?」
「……今のは取り消し。やっぱりももかは、お人好しすぎる」
ドクが小さくため息をついた。だけどそのあと、フフッと笑った。
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