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「もー、笑ってスキップできなくなった。」  文句を言うと、後輩が笑う。 「森さんはいいですね、いつも楽しそうで。」 「そうでもないのよ。30代の君よりは苦労してますから。」 「年齢で人を測るの良くないですよ。」 「自分がブーメラン投げてるって気づいてる?」  後輩がシュッと頭を傾けて何かを避ける仕草をして見せた。 「運動神経いいね。」 「毎晩、素振りしてるんで。」 「ほぉ。」  フロアに到着したので、特に挨拶もせずにそれぞれの席に向かった。  席に戻ってから、あの後輩の名前なんだっけ?と考える。考えるけれど、思い出せる気がしないので、そのまま仕事を始めた。  人の名前を覚えるのが苦手になったのは、いつからだったろう。  最初は、覚えるのを意識してやめた。  そうしたらいつの間にか、本当に覚えるのが苦手になってしまった。  英語がペラペラだった子どもが、英語を使わない環境に移ってしまうと数年で英語を話せなくなってしまうのと同じ現象だろうか?  まあ、仕組みはどうあれ、とにかく私は人の名前を覚えるのが苦手で、けれど特段、支障はないということだ。
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