6. 祭りのあと

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「……今年、また行ってみますか?」と彼女は酒蒸しを箸でつつきながら言った。 「え?」 「もう一度笠之村に行って、今度こそ雨と化してみませんか?」  心は揺らいだ。  夜の岩山での魅惑的な光景が蘇る。  ここで頷けば、僕は彼女との約束を反故に出来ない。信頼の問題だけでなく、例え気が変わっても、どこに引っ越しても、きっと村行きのバスが迎えにやって来る――そんな妙な確信があった。  それに雨と化したらどうなるのか。気持ちが良いのか、幸せなのか、味わってみたい。社長達があの後どうなったのか知りたい。 「本音では気になるでしょう?」 「ま、まあ。そりゃあ」 「私も同じです。忘れられないんです。空木さん、また一緒に行ってくださいませんか」 「僕でよければ……」  チャリン、と音がした。  見ると僕の足元に十円玉が三枚、落ちていた。  ――ポケットに小銭を入れたままだったのだろうか。恥ずかしいな。  拾おうと身を屈めたとき、またしてもチャリンチャリンチャリン! と小銭特有の金属音が店内に響き渡る。十枚、三十枚……何枚あるのだ。さすがにこんな数の小銭を持ち歩ける筈がない。 「空木さん?」  もしかして、とぞっとする。  泊野社長が報せてくれているのでは……?  足元には大量の十円玉が盛り塩のように折り重なっていた。 「……やっぱり、僕はやめときます」  喉から絞り出した答えに、三峪さんは残念そうに頷いた。  彼女と会ったのはその夜が最後になった。  以降はぱったりと音信不通になり、今はどこでどうしているのか一切わからない。  泊野社長も行方不明のままだ。  僕があの村を再び訪れることは絶対にないだろう。二度と、妙な噂に惹かれたりもしない。僕は生きる。巡り逢いや、誰かの親切に感謝をして、これからも真っ直ぐに歩く。  ……そう決意できたのは、あのバスに乗ればいつでも雨と化してしまえるという逃げ道があるからなのかもしれない。 以上が、僕の体験した笠之村にまつわる一部始終の記録である。 了
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