4. 行進

1/3
前へ
/20ページ
次へ

4. 行進

 雨足が強くなり、柄を両手で握り締めなければいられない程の風が吹きつける。  十数名の行進は泊野社長を先頭に、笠之村の寂れた街並みを突っ切り、寺とも神社とも知れない境内に到着した。道祖神に似た石仏が無造作に並ぶ他は本殿も本堂も無く、荒れ果てて参拝客がいる筈もなかった。  思い切り水溜まりを踏んでしまい、足首まで沈み、雨水が靴下に染み込む。 「うえっ」 「しっかりしろ、空木」 「社長。ここがお祭りの会場ですか?」 「違う。まだまだ行くぞ空木!」  一行は早足に歩き続ける。  三峪さんが遅れ始めた。ヒールが石畳や泥に度々突っかかる。 「こんな靴を履いてきて空気の読めない女だって思っているでしょう。でも今日は私にとって特別な日だから、どうしてもお洒落をしたかったの」 「思っていませんよ。せめて傘は必要だったと思いますけど」 「……バスに忘れたんです」  見た目に不釣り合いなドジに、僕は思わずふふっと笑った。 「僕もよく電車やバスに置き忘れます。だから紛失しても落ち込まないで済むように、ビニール傘しか買わないんです」 「そうなんですか」  三峪さんは少し頬を綻ばせた。 「実家にいた頃、僕、ビニール傘はテレビの中でしか見たことがありませんでした。透明で格好良いと子供心に憧れて、それもビニール傘を愛用する理由ですね」 「空木さんは、もしかして裕福なご家庭なのですか?」 「もう縁を切られてますから昔の話ですけどね。親の脛を齧って生きたくなかったから努力して自立したかったのに失敗しまして。世間知らずでしたから、騙されて金を取られたことも一度や二度じゃありませんよ。ハハ」 「ご苦労なさったのですね」 「ま、苦難も人生の醍醐味です。……とか言って綺麗事ですかね」 「前向きな考え方で、私は素敵だと思いますよ」 「あ……ありがとうございます」  裏手から境内を抜ける際、水瓶の脇からのそのそと大きな牛蛙が現れ、顎の下を膨らませてオー、オー、と鳴いた。 「ひゃっ。蛙!」  三峪さんは蛙が苦手らしく、僕のシャツを引っ張って後ずさる。脅かしても牛蛙は堂々と立ち塞がって退こうとしない。仕方なく傘を三峪さんに預け、蛙の巨体を抱き上げて境内の池に放った。  大音量で叫び続ける牛蛙を背に、「お待たせしました」と怯えた顔の三峪さんの元に戻る。手を洗いたかったが生憎水道は見当たらず、三峪さんが貸してくれた湿ったハンカチで泥を拭った。 「なんだか私達、置いて行かれそうですね」 「待ってくれてもいいのに……」  他の皆はさっさと進み、背中が小さく見えた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加