2. 同行者

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 アルバイト時代は、しょっちゅう彼の業務に同行した。僕も運転免許は持っていたのだが学生に運転は任せられないという理由で、僕は常に助手席だった。  会社や得意先、コンビニやサービスエリアを出発する際、彼はいつも明るく「行くか!」と気合を入れるように僕の背中を叩いたものだ。  発する言葉は同じでも、あの頃の快活さは面影もない。猫背になって山道を登る泊野社長の後姿にほんの少しだけ悲しくなる。  ま、枯れたのは僕も同じだ。  老いも悪くはない。若い頃の僕なら、こんな廃村に肝試しにこそ来ても真面目に取材をやろうなど思い付きもしなかったろうから。十代より二十代、二十代より三十代、三十代より四十代、四十代より五十代、五十代より六十代……齢を重ねる程に幸福の定型(テンプレ)は消え去って、その代わりに面白味も深くなる。ちょっとの失敗くらいは愉悦(スパイス)でしかない。きっとそうだ。そうじゃなきゃこの先がしんどい。  足取りの怪しい社長の背を支えると、「ありがとな」と御礼を言われてくすぐったい気持ちになった。  恩を少しでも、返せているだろうか。  こうして若かりし記憶と再会できる喜びも年を喰った者の特権だ。  ゲコゲコ……  オー、オー……  ゲコゲコ……  オー、オー…………  不意に人の声がした気がして足を止めると、先程拝んだ道祖神が見当たらなかった。あの石が消える筈がないので、きっとそこにあると思うが。 「空木、待て」  社長が鋭く、行く先を制した。  細い雨の線が視界を白く煙らせるその向こうに誰かいる。柳の下に佇む幽霊のように、傘も差さず、黒い樹々の合間に佇む一人の濡れ鼠が。 「……もしかしてバスに乗り合わせた女性客じゃないですか?」 「そういや空木は人の顔を覚えるのが得意だったなァ。配達先で次々に知り合いを作るから驚いたっけ」  社長の思い出話を無視し、僕は女性に駆け寄った。 「あの、大丈夫ですか?」  黒いレースのワンピースが全身ぐっしょり濡れている。安いビニール傘を差し出すと、女性は礼も言わずにぽつりと呟いた。 「激しく降る雨を見ていると、この雨と一緒に、流れてなくなりたい。そう思うことってありません……?」  髪やスカートから滝のように滴る雨水が、まるでその女が雨の一部であるかに錯覚させる。  変な女だと思ったが、悪天候の山に放置する訳にもいくまい。それに……と嫌な予感が過る。  自殺志願者だったら。
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