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3. 予定調和
ずぶ濡れの三峪さんは泊野社長からタオルを借り、彼の蝙蝠傘に入った。僕はその少し後からビニール傘を傾けて続く。
十五分程歩き、雑草の合間に立つ〈笠之村〉の看板を過ぎた。
一応撮影はしたが寒村にありがちな何の変哲もない表札で、色褪せた文字は滲んで読みづらく、夏祭り当日とはとても思えない不案内さである。
集落が見え始め、狭い道路脇に人影が動いた。一人、二人、三人……いや十人以上はいる。何の集まりだろうかと訝しむ僕を余所に、社長は営業スマイルで集団に会釈をした。
「こんにちは、泊野です。コチラ三峪さんもご一緒です」
彼らは一斉に笑顔を向けた。
「わあっ。泊野さん、三峪さん。お待ちしておりましたよ。ホラこっち、こっち!」
「良かった~。お二人ともお忙しいようだから来られるかのかしらと皆で心配していたところでしたぁ。ねぇサタさん」
「そうそう。ナイトウさんもお会いしたがっていたよ。郵便ポストを探しに行ったばかりだから、あと十分もしたら戻ると思うよ」
「泊野さんのそれ、前に言ってたROLEX?」
「エエ。親父の形見でね、普段は仕舞い込んでいる物ですけど今日はビシッと決めたいので」
「わかるわぁ~。私もコレPRADAの一張羅だから。若い頃に貢いで貰ったサファイアのネックレスも。うふふっ」
「ヤナギさんにお似合いですよ!」
「でも全員は来られなかったみたいだねぇ。泊野さん達が乗って来たバスが最終だから」
「こればっかりは運だものね。――そちらは?」
ぺちゃくちゃと喋っていた人々の視線が僕に集まり、緊張で心臓が縮こまる。
そっちこそ誰なんだ?
「そのスマホ、まさか撮っているんじゃねーだろうな」
「まあ。神聖な場所で! 取り上げて!」
「おいスマホを寄越せ」
取り囲まれた僕は身体を折ってiPhoneを守り、「や、やめてください」と懇願した。
「皆さん、ストップ。紹介が遅れて申し訳ありません。彼は昔私の会社で働いてくれていた空木です。偶然バスで乗り合わせて、彼も笠之村に向かう途中だというものですから一緒に連れて来たんですよ」
「偶然?」とサタと呼ばれた中年男性が目を丸くした。「そんなことがあるかな……」
「スマホ撮影は彼の趣味で、単なる記録です。変なことはしませんから。俺が責任を持ちます」
「泊野さんがそう仰るのなら……」
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