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ごぽごぽ、と一緒に入った空気が慌てて海面へと昇っていく。
反対に私の身体は、どんどん沈んでいった。
反射的に呼吸を止めたのは最初だけで、すぐに息を吐き出して苦しくなった。少しの間じたばた藻掻いていたけれど、やがて力が徐々に弱まっていった。
意識が朦朧とし始めたその時、不意に頬を雫が掠めた。
水中で雫なんて、馬鹿なことを言っているかもしれない。でも、確かに感じたのだ。
ぽたり、ぽたり、ぽたぽた。
そうして私は、その正体が雨であることに気がついた。
『馬鹿リズ……大馬鹿者……』
とうとう幻聴だろうか、なんて思い始めたその時。
目の前で雨が集合体となって、私の大好きな人へと姿を変える。
水蒸気となって消えた筈のトールが、私の身を包んでいた。
怒ったような、悲しいような口調で私に語りかける。
『幸せに生きてくれと、あんなに願ったのに……』
ごめんなさい、ごめんなさい。
私には無理だったよ。トールを犠牲にして、幸せになんてなれない。
『ああ、分かっていたさ。お前がどれだけ俺を大切に想ってくれていたか。本当に謝るべきは、あの時お前を連れて無理矢理にでも旅立たなかった俺の方だ。……すまない、……本当にすまなかった」
謝らないで。……私は自分の人生に満足しているよ。最期に、トールに会えたから。
『リズ……』
……ううん、嘘。嘘だよ。本当は、もっとずっとトールの傍にいたかった。今からでも、居ちゃ、ダメかなあ。旅も、してみたい。
『ダメなものか。一緒に雨となり、何処まででも旅をしよう。お前の魂は、俺が連れて行く。……今度こそ、ずっと、一緒だ』
その言葉に、私の涙が滲んだ気がした。
私達は抱きしめ合いながら、やがて一つになり、そうして海の一部となって消えていった。
やがて水蒸気となり、空へと昇り、雨となりて海へ還るを繰り返す。
何時までも、何処までも。
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