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住居に辿り着いた私達は、ありったけの包帯で手当を試みた。
しかし不思議な事に、彼の身体からは血が流れていない。代わりに水溜まりで転んだかのように胴体が濡れていた。服も切り裂かれて傷もあるのに。首を傾げながらも包帯を巻いていく。
落ち着いた頃、男の人は徐に口を開いた。
「……ありがとう。お陰で助かった」
「どういたしまして。お兄さん、旅人?」
「……ああ、極東にある国からやって来た。……この村に来る途中で熊に襲われて倒れていたという訳だ」
何ということだ、本当にあの森に熊がいたなんて。
今まで遭遇しなかったのは運が良かっただけなのかもしれない。今度からは気を付けよう。
お兄さんは本来無口なのだろう。必要だから頑張って話している印象だ。
身体は大きく威圧的だけど、穏やかな口調がそれを緩和している。
「君、名は何という?」
「リズ!」
「リズ。この辺りで泊まれそうな宿はないだろうか」
「ないよ!」
ラグシシ村は本当に閉鎖的なので、外からお客さんが来るという発想、というか、機会も滅多にない。宿なんてものは存在しないのだ。
お兄さんはそうか、と額に手を当てる。困っているのかな?
「うち、泊まっていいよ!」
「……しかし、見ず知らずの男が泊まるとなれば、親御さんも心配するだろう」
「ううん、親はいないよ。此処には私が一人で住んでる!」
にへらっと笑って見せると、お兄さんが微かに目を見開く。そうして、暫く考え込んでいた。眉間に皺を寄せている。
「…………わかった。この礼は必ずしよう。傷が癒えきるまでの間、世話になる」
「うん!」
そういえば私、まだお兄さんの名前を聞いてないや。
「お兄さん、お名前は?」
「……俺に名前というものはないが、人々からは雨降り入道と呼ばれていた」
「あめふりにゅうどう」
「……長くて呼びにくいだろう。名前は好きに付けてくれ」
名付け親に任命されてしまった。これは責任重大だ。うーんうーんと考える。この人に似合う名前は……
「トール!」
「……トール?」
「うん、背が高いから、トール!」
「……良い名だ。俺は此処ではトールと名乗ろう」
トール、と口の中で言葉を転がすと、彼は初めて微笑んでくれた。
それを見た瞬間、私に衝撃が走った。
何だろう。体格が大きくて強面だからかな。優しい口調とか、笑った顔とか……凄く、可愛く見える。
「トール、可愛いね!」
「……可愛い?」
「うん!この可愛いには、格好いいも入ってる!」
「……そうか、ならいい」
私がビシッと右手を差し出す。
「これからよろしくね、トール!」
「ああ、よろしく、リズ」
トールからも腕が伸びてきて、私達は固い握手を交わし合った。
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